12 お慕いしております!
「どう、と申されましても」
キャナリィは失念していた。
貴族でありながら「恋」の為ならばと約束された地位を捨てる人がいることを。
平民で有りながらも命の危険をも忘れて「恋」に生きようとする人がいることを。
いや、失念ではない。理解できていなかったのだ。
「恋」とは人を狂わせるものだということはエボニーの一件で分かっていたはずなのに。
やはりどこまでも「貴族」な自分には一時の感情に身を任せるということを理解出来てはいなかった。
みんな自分のことを優しすぎると言うけれど、前回同様こうなったのはこれを予測できなかった自分の責任だ。
まさか日頃から貴族──淑女としての矜持を大切にしているピルスナー伯爵令嬢が、自身より上位の貴族が話すテーブルにこのような形で乗り込んでくるなど、思ってもみなかったのだ。
先程、ロベリーをダンスに誘うという令嬢にあるまじき行為に及ぼうとした時にキャナリィが止めたことで、正気に戻り思い直してくれると思っていたのだ。
「あなたは私に言いました。──ロベリー様は諦めなさいと」
ローズがそう言うと、ロベリーが驚いたように目を見開いた。
その様子を見たローズは、ロベリーが自分の気持ちにたった今、気付いてくれたのだと──気持ちが通じたのだと歓喜した。
「それは何故ですか?あなたが──あなたが今この時のようにお二人を侍らせ、両天秤にかけるためですか?
何故、私が何の関係もないあなたにその様なことを言われなければならなかったのですか?」
二人きりの時にお話して下されば──キャナリィはそう思ったが、元々注目を集めていた三人。そしてこの騒ぎ。
キャナリィが何も言えずにいるのを良いことにローズは続ける。
「フロスティ様も何故ウィスタリア侯爵令嬢の不貞ともとれる言動をお赦しになるのですか?」
調べても二つの国を挟んだ公爵家の情報などなかなか手に入れられなかったに違いない。
皆、それは常々不思議に思っていたようでシアンの言葉を待った。
「先程から聞いていれば好き勝手言ってくれる。
特別クラスに在籍していようと、忠告に気付けず、察することはおろか言葉の裏を読むこともできない──言っておくが祖父が公爵であろうと、令嬢の籍は伯爵家にある。そんなことも理解出来ないのであれば、令嬢は貴族社会では生きてゆけないだろう。既に手遅れな気もするが・・・これ以上傷が深くならない内にここを立ち去るがいい」
シアンはローズの問いに答えず、ローズにここから出て行くようにと言った。もうローズを家名ですら呼びもしなかった。
それを察し、ローズはロベリーに向き直った。
「ロベリー様。初めてお目にかかった日より、お慕いしておりました!」
ローズの心からの叫びに、ロベリーに注目が集まる。ロベリーは常にキャナリィを気にしているようだったが、それ以外の時間は彼のそばにはいつもローズを含む令嬢たちがいることも有名だったからだ。
「そんな誤解をさせてしまっていたとは・・・本当に申し訳ない」
ロベリーが──他国の公爵令息が伯爵令嬢に深々と頭を下げた。
あり得ない光景に、会場がざわついた。
断られたという事実に、何も言えないでいるローズの代わりにキャナリィがロベリーに声を掛けた。
「ロベリー様、頭をお上げください。王家に次ぐ高位の者がこの様なことで簡単に頭を下げてはいけません」
それでも頭を上げないロベリーに、キャナリィは立ち上がりその両肩を持ち耳元で囁いた。
「別室に移動しましょう」
その言葉に促され、ロベリーとシアンが立ち上がる。
そしてあなたも一緒にとキャナリィが前に出てローズに声を掛けようとしたとき──ローズはテーブルの上にあったグラスの中身をキャナリィに向かって勢いよく放った。




