第十九章〜終刻〜⑥
サタンが苦しげに呟くなか、その様子にエルクをはじめ、戦場の全員が動きを止めた。
急に訪れた静寂に、一同は息を呑む。
砕け散った瓦礫の上に立ち尽くす者も、傷を負って膝をつく者も―――みながその異様な光景に目を奪われていたのだ。
そのとき―――サタンの口から、彼のものではない声が漏れ出た。
「……エルク……今…だ……サタンから意識を奪い返した……俺ごと……討て……」
それは―――クロスの声だった。
「クロス……!?クロスなのか!?」
エルクが問いかけると、サタンの体内から響くように、再びクロスの声が答える。
「時間がない……俺がこいつを止めていられるのは……あと少しだ……」
その声には、焦燥と悔恨が滲んでいた。
「俺は……天使の子なのに悪魔に惑わされて……たくさんの人を傷つけた……死んで詫びるなんてズルいかもしれないが……これくらいしかできない……」
その言葉に、エルクは目の奥が熱くなるのを感じた。
溢れ出す感情が喉を塞ぎ、叫びたくても声にならない。
目の前にあるのは、かつては刃を交えた敵であり、共に戦った味方でもあるクロス―――その声を宿した敵の肉体なのだ。
「はやく……早くやるんだ、エルクッ!!」
その叫びに、エルクは決意を固めた。
グングニルを両手で構え、ありったけの力と雷風を込めて跳躍する。
「……クロス……!」
その名を噛みしめるように呟き、エルクは巨体のサタンの首筋めがけて一気に突き立てた。
雷風を纏ったグングニルが閃き、サタンの首筋に深く食い込んでいく。
「うおおおおおおおおっ!!」
エルクは絶叫とともに全身の力を槍に込めた。
そして、ズバァッ!!という音とともに、その一閃をもってサタンの首を断ち切ったのだ。
重々しい音を残して巨体は傾き、まるで霧が晴れるようにゆっくりと溶け始めた。
すると、どこか静かな、微かな声が響いてきたのだ。
「ありが……とう……」
それは、クロスの声だった。
最期の瞬間に、エルクに語りかけたのだ。
「クロス……―――ありがとう」
エルクは震える声で呟いた。
涙が頬を伝い落ちても、目はしっかりと前を見据える。
その視線の先で、サタンの巨体が消えるのを見届けなければならないのだ。
やがてサタンの身体は完全に消滅し、それと同時に周囲を埋め尽くしていた虫も消えうせた。
操られていた教会員たちは次々と膝をつき、呻きながらも意識を取り戻していく。
「終わった……のか……?」
サタンが消滅したのを見ていたバールが、かすれた声で呟く。
けれど、誰もそれにすぐ答えることはできなかった。
大地を揺るがした戦いの余韻が、まだ空気のなかに残っている。
雷の閃光も、氷のきらめきも、血の匂いも、すべてが止まり―――ただ静寂だけが広がっているのだ。
「クロス…………」
エルクがその名を呟いたときだった。
乾いた拍手の音が、大聖堂の闇の奥から響いてきたのだ。
その音は、あまりに場違いで―――冷たい。
「……誰だ?」
誰かがそう声を上げた直後。
瓦礫の奥から、闇に溶けるようにして現れたひとつの『影』が、にやりと笑う。
「いやぁ、すばらしい戦いだったよね。感動したよ―――ほんとうに」
その声に、場の空気が一変した。
張り詰めていた静寂が、一気に緊張へと切り替わったのだ。
「……ロキ……ッ!」
エルクがその名を呼んだ瞬間、影は愉快そうに両手を広げた。




