第十八章〜復讐劇〜④
「は……?役目……?」
エルクが眉をひそめながら、絞り出すように呟く。
その声には怒りと疑念、そしてわずかな恐怖が滲んでいた。
ベルゼブブは突き刺さったままの槍を気にする様子もなく、口元を吊り上げる。
「『準備が整った』ってことさ……。ついでにキミたちの復讐も終わったってとこだろう……?」
その言葉に、一同は一瞬動きを止めた。
「……何を、言っている……?」
「『準備が整った』って……?」
エルクとバズが、ほぼ同時に問い返した。
言葉の内容から、空間に緊張が走る。
「あー……そうか。キミたちはサタンの能力をまだ知らないんだったねぇ……」
そう言いながら、ベルゼブブはぐらりと身体を揺らし、口元から大量の血を吐き出した。
赤黒い血が床に飛び散り、湿った音を立てる。
「げほっ……サタンって……僕たち『大罪の悪魔』の力をすべて引き継ぐ存在……なんだよ……」
「なに……!?」
「僕たちが消滅するたび、その力はサタンに吸収されていく……つまり、『キミたちが僕を殺すことで、サタンは完成に近づく』ってことさ……」
その言葉に、バズが唸るように呟く。
「まさか……『役目』っていうのは……!」
「……ご名答。僕がここで『消えること』―――それが最後の『仕事』だったってわけさ」
ベルゼブブは、口元から血を垂らしながら誇らしげに笑った。
その瞳には、死への恐怖も後悔もない。
「おかげでサタンは『暴食』の力を得る……残るは―――ひとつだ」
ニヤッと笑ったベルゼブブに、バールの顔色が変わっていく。
ヴァンに手当をされながら、血で濡れた顔を上げ声を荒げた。
「待て……!ルシファーはどうした!奴が残っているはずだ……!!」
その叫びに、ベルゼブブはゆっくりと瞼を閉じ、ぞっとするような笑みを浮かべる。
「……『依り代』は……じきに完成する。我々が作り上げた『最高傑作』だ。人類は終わる―――悪魔の世界の……誕生だ」
その言葉とともに、ベルゼブブの身体は崩れ始めた。
貫かれた腹から粒子となっていくも、血の滲む唇は止まらずに呟く。
「依り代は……あれはただの人間なんかじゃない……『特別な存在』だ……!復讐なんて馬鹿げたことをしなければ、キミたちはまだもう少し生きられたかもしれないっていうのに……人間ってのは滑稽だな!!」
ベルゼブブの顔に歪んだ笑みが広がり、彼は天を仰ぐように顔を上げた。
「絶望こそが祝福だ……終末の日を迎え、すべての理が塗り替えられたとき―――僕たちは再臨する」
その言葉に、エルクはグングニルを強く握りしめ直した。
そして―――
「クロスが『特別な存在』ってどういうことだ!?」
そう問うものの、ベルゼブブの身体はもう輪郭を保っていなかった。
唇だけが不気味に動き、最後に―――こう呟いたのだ。
「さぁ……彼を止めてみなよ。キミたちに……できるな…ら―――」
その言葉を最後に、かき消されるようにベルゼブブの声は闇に溶けていった。
同時にその肉体も崩れ落ち、教会の床には何ひとつ残さずに消滅したのだった。
「消えた……のか……?」
そう呟いたバズの言葉に、応じるものは誰もいない。
ヴァンはバールの手当を続けており、エルクはグングニルを握りしめたまま呆然と立ち尽くしていた。
彼の脳裏には、ベルゼブブが遺した言葉が何度もこだましている。
『クロスが特別な存在』
『最高傑作』
『サタンは大罪の悪魔たちの力を吸収している』
挑発にしては具体的すぎる内容に、エルクの背筋を冷たいものが走った。
「……どういう、ことだ……」
絞り出すような声が教会に響いたそのとき―――
ぐらり、と大地が揺れたのだ。
「っ……!地震……!?」
バズが咄嗟に壁に手をつき、体勢を保つ。
激しい揺れに天井の装飾は剥がれ、石の破片がぱらぱらと落ちてきたのだ。
床も不自然に軋み、それがただの地震でないことを誰もが直感で悟る。
「この感じ……ただの地震じゃねぇ……!」
バールが負傷した肩を押さえながら顔を上げたとき、その揺れが唐突に止んだ。
異様な沈黙がその場に残り、エルクがハッと気がついた。
「マリアが……!!」
グングニルを握りしめたまま、エルクは教会の廊下を駆け出す。
そのあとを追うようにバズとヴァン、そしてバールまでもが負傷を押して走り出した。
そして、先の角を曲がった瞬間、エルクはハイントスマンたちと出くわしたのだ。
続くようにしてルーインたちも駆けつけ、血相を変えたエルクの様子にみなが驚く。
「どうした!?」
「マリアが……オリヴィアたちが危ないんだ!!」
ただならぬ様子に、ハイントスマンとルーインは表情を引き締めた。
そして、一同はマリアたちオリヴィア班のメンバーがいる大聖堂に向かって走り出す。
誰もが胸に不安を抱えながら、それでも足を止めることなく走っていったのだ。
「マリア!!」
エルクは叫ぶと同時に大聖堂の扉を勢いよく開いた。
だが―――
その場に広がっていたのは、まさに『異変』としかいいようのない光景だったのだ。




