第十八章〜復讐劇〜②
ベルゼブブの声がヴァンの耳に届いた瞬間、またも弾道に割り込んできた虫がいたのだ。
「なっ……!また!?」
その虫は先ほどとは異なり、まるで装甲のように肥大化した個体だ。
丸みを帯びた背を弾丸に向け、甲高い音と火花を散らしながら見事に銃弾を防いだのだ。
「クソッ……!」
銃を握る手に力がこもる。
そのすぐ近くでは、エルクが歯を食いしばりながらベルゼブブを睨みつけていた。
「まぁ、いい連携だったんじゃない?うん、すごく『人間らしい』ね」
その声音には、称賛のような、あるいは嘲りのような響きが混じっていた。
ベルゼブブは余裕たっぷりの笑みをも見せ、肩をすくめる。
(……何かおかしい。どうしてあんなに余裕めいた表情を見せられるんだ?)
エルクは唇を噛み、聖槍を握る手に力を込めた。
隣でバズも、息を詰めるように呟く。
「まるで手加減をしているようだな……こっちは全力だってのに……」
「それは……『勝ちを焦っていない』みたいな……?」
「なら、何を企んでいる?」
バールとエルクの低い声に、一同が視線を交わす。
そのあいだにも、虫たちは無数の羽音とともにうごめき、空間を不気味に満たし続けていた。
「だが、私たちは攻撃をやめるわけにいかない」
バズの言葉に、みなが小さく頷いた。
それがたとえ徒労にみえても、手を止めた瞬間に呑まれるのは自分たちだ。
「バズ、道を切り開くぞ。お前たちは本体を狙え」
バールが指示を出すと同時に、彼の周囲に再び炎が走った。
「頼んだぞ、バズ」
「言われなくても」
バズは、短く返事をすると暴風を巻き起こした。
炎と風が重なり合い、教会内に轟音が響き渡る。
焦げた虫の匂いが漂い、羽音が断続的に消し飛ぶなか、バールが先陣を切って進み始めたのだ。
「今だ……!続け!!」
焼け焦げた虫の骸を踏み越え、進む先にはベルゼブブの姿がある。
エルクも聖槍を使って視界を広げ、雷と風を帯びた槍先で虫の群れを薙ぎ払った。
そして、一隅のチャンスを狙うが如く、ヴァンも銃を構える。
そのときだった。
急に虫たちの羽音が止んだのだ。
「……え?」
一瞬、誰もが耳を疑った。
さっきまで辺りを満たしていたあの不快な羽音が、嘘のように消えていたのだ。
「なんで……」
だが、虫に気を取られたほんの一瞬―――
視界からベルゼブブの姿が消えたのだ。
「……ッ!?いない……!?」
エルクの表情が強張り、バズもすぐさま警戒態勢を取る。
空気の流れを探るように身構えたそのとき―――
「―――後ろだ!!バールッ!!」
エルクの叫びが炸裂し、それと同時に教会内の空気が裂けるような音とともに何かが高速で飛び込んできたのだ。
「ぐっ……あああああッ!!」
凄まじい衝撃とともに、血飛沫が宙を舞う。
ベルゼブブが背後から襲いかかり、その大きな口でバールの左腕を噛みちぎったのだ。
「バール!!」
バズの悲鳴とともに、バールは膝をついた。
肩口から流れる血が、床を赤く染めていく。
「人間ってさ、意外と歯ごたえあるし、おいしいんだよねー」
ベルゼブブはバールの腕を口に運び、そのままグチャグチャと咀嚼し始めた。
骨が砕ける音や筋が裂ける感覚を舌で楽しむように、口を動かしながら笑う。
「うん、なかなか上等な味だね」
唇の端からは血が垂れており、真紅の舌でぬぐい取ると愉悦に歪んだ目でバールを見下ろしたのだ。
「く、そ……がッ!!」
バールは、肩口からあふれる血と激痛に、地面に膝をついたまま叫び声を上げた。
その様子にバズは怒声を上げ、足元から風を渦巻かせる。
そして、ベルゼブブめがけてその爆風を爆ぜさせたのだ。
「散れ!!」
それに続くようにエルクもグングニルを高く掲げ、雷と風をまとった一閃を放つ。
二人は連携をとり、ベルゼブブへと迫ったのだ。
しかし―――
「ふふっ、それじゃあ遅いよ」
ベルゼブブは口元を歪ませ、舞うように避けたのだ。
唖然とするエルクとバズをよそに、余裕そのものの顔でくるりと身を翻して血に濡れた唇を指でぬぐう。
「いやぁ。悪魔ってやつはさ、人間の絶望がほんっと大好物なんだよね」
嫌に澄むその声は、教会の闇に溶け込むように響いた。
ベルゼブブの視界の端に映るバールには、ヴァンが駆け寄り手当てを始めている。
なんとかして止血しようとする様子を見ていたエルクが、歯を食いしばりながらベルゼブブを見据えた。
「お前たちの目的は何だ、ベルゼブブ……!」
問うたその声に、ベルゼブブは愉悦に満ちた表情のまま、ゆっくりと口を開く。




