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第十七章〜終わりの始まり〜①

時は流れ、ついにその日はやってきた。

年に一度、陽がもっとも短く新月と重なるその日、アースヘルムの街は昨夜から続く冷たい雨に覆われていた。

鈍い雲が重くのしかかり、昼を過ぎたころにはまるで夜が早々に訪れたかのように闇に染まりはじめる。


街の灯りはいつもより早くともり、人々は言い知れぬ不安を抱えながら、足早に家へと戻っていった。


「いよいよだな」


そう呟いたのは、エルクだ。

中央教会の高台に立ち、濡れたローブの裾を払いながら黒ずむ空を睨んでいた。

手にはオーディンから授かったグングニルがあり、その柄を静かに握りしめている。


「どこから来る……?」


教会内部では、すでに各班への指令が出され、部隊が配置されている。

外界には悟らせぬよう細心の注意を払いながら、彼らは『その時』に備えていた。


そして―――

陽が沈み始めた、その瞬間。

突如、正門から激しい衝撃音とともに邪気が走ったのだ。


「報告!教会正門にて悪魔の襲撃を確認!三体侵入してきました!」


その声が聞こえた瞬間、バール班、ルーイン班、ハイントスマン班、そして教会の中心を守るオリヴィア班が即座に行動を開始した。


「敵は分散している!持ち場を死守しろ!」


バールの怒声が響き、それぞれ戦場へと駆け出していったのだった。

ところが―――


「―――妙に静かじゃな」


南東にある回廊を進んでいたハイントスマンが、周囲を見渡しながら低く呟いた。

侵入されたはずの教会内で敵の気配が感じられないことに、疑問を抱く。

だがその時、ふいに口笛のような音がどこからともなく響いたのだ。

その異変に気がついたのは―――ライナスだ。


「今……聞こえたか?」


周囲をぐるっと見回した次の瞬間、廊下の影から山羊の頭を持つ悪魔『ベルフェゴール』が現れた。


「ここは当たりかなぁ~?」


無邪気な声でそう言いながら、ベルフェゴールは大きく口を開いた。

そして、地を震わせるような鳴き声をあげたのだ。


すると、黒く淀んだ空気の中からうねうねと影が這い出てくる。


「あれは……?」

「新手の悪魔か……?」


暗くて見えないことから、ハイントスマンがヘイムダルの力を使い辺りを明るく照らす。

そこには―――気を失ったまま操られている教会の憲兵たちの姿があったのだ。

彼らは無言のまま、一斉に武器を構えて襲いかかってくる。


「っ……!操られてる!」


殺すわけにいかないと判断した一同は、それぞれの武器を手に無力化させるための立ち回りを始めた。

ライナスはミョルニルを横に振るい、電撃を帯びた打撃で憲兵たちの足元を狙う。

すると、その衝撃に数人が崩れるように倒れ込んだ。


「くそっ……手加減しながらじゃキリがねえ……!」


そう叫びつつも、一度も急所を狙わず進む。

そんなライナスのすぐそばでは、ゴードンが冷気を纏った剣を床に滑らせるように振っていた。

足元を凍らせて憲兵たちの動きを封じる作戦だ。


「ここで止まっていてくれ……!」


一方、ユーリは聖なる炎を展開し、ベルフェゴールをけん制する。


「あんたなんかに、負けないんだから!」


そんな三人の様子を見ていたベルフェゴールは―――笑っていた。

肩をすくめながら、それはそれは愉快そうに。


「人間ってさ、人間同士で戦争とかするくせに、身内を殺すのはためらうんだよなぁ。いやはや実に滑稽」


その声は軽く、まるでこの状況を楽しんでいるようだったのだ。


「……黙れよ、悪魔がっ!」


ライナスが怒声をあげ、ミョルニルを構えて突進する。


「人間をバカにしてると、痛い目みるぞ!」

雷を纏わせ、真っ直ぐに進むライナスにベルフェゴールは薄ら笑いを見せた。


「くっくっくっ……それはどうかなぁ?」

「喰らえっ……!!」


怒号とともに振り下ろされるミョルニル。

だが、その瞬間にベルフェゴールは憲兵たちを操り、自身の盾としたのだ。


「……チッ!!」


ライナスは寸前で軌道を変え、憲兵たちを気絶させる程度に留める。

腕に迷いはないが、殺すことだけはできないのだ。


「『人間』だねぇ……?」


愉快そうに笑うベルフェゴール。

だが、その隙を見逃さない者がいた。


「ああ、『人間』だからこそできることもある」


そう呟き、ハイントスマンがヘイムダルの力を使って光の玉を放ったのだ。


「なッ……!?」


一直背に放たれたその光は、ベルフェゴールの肩と足元をかすめる。


「……ッ、なんだこれは?」


かすれただけのはずなのに、傷口から光がじわじわと広がっていく。

皮膚を蝕み、体内に染み込むように―――悪魔の肉体を侵していったのだ。


「ぐっ……!?」


痛みからか、ベルフェゴールの動きが鈍った。

その瞬間を待っていたライナスとゴードンが、一気に間合いを詰めにいく。


「人間を舐めるなよ!!」

「ま、待て……っ!」


最大限に雷を纏わせたミョルニルがうなり、氷の剣が鋭く振り下ろされる。

ベルフェゴールは防御の姿勢を取りながらも、足が言うことを聞かない。


「この世界はもう終わる……!悪魔の世界の到来が、もうすぐ――――――」

「んな世界にさせるかよ!!」


二人は手を休めることなく猛攻を続け、ベルフェゴールを追いやっていく。


「くっ……!これはいささか分が悪い……!」


ひらりと身を躱し、倒れた憲兵を盾にしながらベルフェゴールは逃げの姿勢に入る。

だがライナスとゴードンは容赦なく追撃をくわえ、ベルフェゴールを一歩、また一歩後退させていった。


「逃げるな!!」

「まだ終わってないぞ!!」


―――そのときだった。

ベルフェゴールの背が、石壁にぶつかる鈍い音を立てたのだ。

彼の顔が、ほんの一瞬、驚愕に歪む。


「……あ?」


振り返ると、そこには曲がり道も扉もない。

彼はいつの間にか、袋小路に追いやられていたのだ。


「終わりだ」


そう呟いたライナスとゴードンは、すっと左右に飛び退いた。

その瞬間、ベルフェゴールの視界に、ユーリの姿が飛び込んでくる。


「ミカエル……力を貸して!!」


天から降り注ぐごとく、眩い光とともに解き放たれる聖なる炎。

それを見たベルフェゴールの顔が、怯えと怒りに歪んでいった。


「そ、それはまずい……やめ―――ギィィィィアアアアアアアア!!」


容赦を知らないユーリの聖なる炎に包まれたベルフェゴールの姿は、やがて塵と化した。

音もなく闇へと消えていき、回廊に静寂が戻ってくる。


「まだ……終わってないよね」


ユーリは肩で息をしながらそう呟いた。

ハイントスマンの班は『怠惰のベルフェゴール』を打ち倒すことに成功したが、これは『終末の日』の始まりにすぎないのだ。


「行こう―――みんなのところへ」


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