第十五章〜光の復元と闇の喪失〜⑦
ロキはくるりと一回転すると、指先をぱちんと鳴らした。
その瞬間、何かが音もなく抜け落ちていくような感覚が、エルクを襲ったのだ。
「っ……!?」
足元が揺らぎ、内臓がきゅう……と、冷たくなる。
「な……ん、だ……?」
呆然と呟くエルクの目の前で、ロキはひらっと手を振り、空間に裂け目を生じさせた。
するとそこから―――数々の神器が現れたのだ。
槍、壺、短剣、鏡、冠などが、ばらばらと無造作に散らばり落ちていく。
「これさぁ……結構集めてきたけど、もういらないんだよね。だから―――」
そう言うと、ロキは指を宙でくるっと回した。
すると、空気がう唸り、空間そのものが震えたのだ。
重力の波がエルクに押し寄せ、神器たちが一斉に転がり込んでくる。
「……っ!」
エルクとライナスは、その光景に言葉を失った。
とくにエルクは、今まで共に旅をし、信じていた契約神の裏切りに深い衝撃を受けていたのだ。
混乱と戸惑い、そして、理解の追いつかない感情が心の奥を支配し、声を出すことができないでいた。
だがここで、彼の心にひとつの感情が芽生えた。
それは―――『怒り』だ。
「どうしてこんなことを……ロキ、お前……なぜ……」
かすれた声で、エルクは問いかけた。
どんな返答が返ってきても、それを受け入れることはできないだろう。
しかし……何か事情があるのなら、少しでもそれを知りたいと思ったのだ。
ところが―――
「悪戯……だよ」
ロキはニヤリと笑い、ただ一言それだけを言ったのだ。
その瞬間、エルクの中で何かがぷつん……と、切れた。
「ふざけるな!!」
怒りが爆発したエルクは、拳を握りしめて叫ぶように地を蹴った。
持つことのできる武器がない彼は、ただ己の拳ひとつで殴りかかりにいったのだ。
「ロキィィッ!!」
だが、その怒りの奔流が届くよりも先に、横から伸びてきた影がエルクの視界を黒く染める。
「遅いな」
その声の主は、サタンだった。
サタンの拳が地鳴りのような音を立ててエルクの顔面を捉えたのだ。
咄嗟の防御すら叶わず、エルクの身体は吹き飛んでしまう。
「ぐ……っああっ……!」
骨が軋む音が聞こえ、視界が揺れる。
石壁へと叩きつけられたその身体は、崩れ落ちる瓦礫に埋もれるようにして倒れ込んでしまった。
意識が遠のきそうになるなかで、怒りと悔しさだけがエルクの心に残る。
「さぁ、あとの天使の始末は―――『終末の日』にまとめてしようか」
そう言うとロキは満足げに目を細め、片手をひらひらと振った。
身体がふわりと揺れ、輪郭が煙のように曖昧になっていく。
「……じゃあね、エルク。次はもっと面白くなるといいね」
皮肉とも、未練ともつかないその言葉を最後に、彼は完全に姿を消したのだった。
「くそ……っ……」
ロキが消えた瞬間、教会内の空気が変わった。
緊張の糸がぷつりと切れたかのように、辺りに静寂が満ちていく。
だが、それは一瞬のことだった。
沈黙を破るように、冷えた声が響いたのだ。
「……終わったようだな」
そう言葉を放ちながら現れたのは、ベルゼブブだった。
闇の中を滑るように歩き、戦場の中央へと進み出てきたのだ。
そこには、ルシファーの姿もある。
彼の背後ではフィールたちが戦闘態勢を取っているものの、その力の差は歴然としていた。
一歩踏み出せば消し飛ばされる―――そんな緊迫した空気が張り詰めていたのだ。
「……ようやく戻ったか」
ベルゼブブは、視線をちらりとサタンへと向けた。
無言で立つサタンは、圧倒的な威圧感を放ちながらベルゼブブに視線をやる。
「ふはは……これは楽しみだ。終末の日が―――待ち遠しい」
ベルゼブブが口元を歪め満足げに言うと、ルシファーは肩にあるクロスを無造作に抱え直した。
そして―――
「……今度こそ、依り代は返してもらう。終末の日のために―――」
と、感情を欠いた声で告げ、踵を返したのだ。
その後、一言も交わさず五体の悪魔は大窓へと向かった。
崩れた石と血に染まった床を踏みしめ、うしろを振り返る必要がないかのように、それぞれが姿を消したのだった。
やがて空が白み、崩れた天井の隙間から朝の光が差し込み始める。
その柔らかな光は、瓦礫と血の中に横たわる仲間たちを静かに照らしたのだった。




