第十五章〜光の復元と闇の喪失〜⑥
「どうしたんだよ、ライナス!サタンに何かされたのか!?」
そう聞くも、ライナスはミョルニルを高く掲げ、容赦なく振り下ろした。
咄嗟にレーヴァティンを構えたエルクは、その刃でミョルニルを受け止める。
「くっ……ライナス!俺がわからないのか!?」
剣と鎚が火花を散らし、推し合うなかでエルクの声が響く。
だが、目の前のライナスは薄く笑うだけで、何も言葉を発さないでいた。
「どうしたっていうんだ、ライナス……!」
そのときだった。
「兄貴……!俺はこっちだ……!」
「な……に?」
一瞬、時が止まったかのように感じた。
『兄貴』と呼んだのは、目の前でミョルニルを振り上げているライナスではなく、その向こう―――『ライナスの身体を持つサタン』だったのだ。
「!!……『戻った』のか……!」
瞬時に理解をしたエルクは、目の前にいる『獣姿のサタン』を剣で弾き飛ばした。
身体が入れ戻ってすぐだったからかサタンの動きに先ほどの余裕がなく、反応が一瞬遅れる。
「ぐっ……!貴様……ッ!」
唸るような声を漏らしながら、サタンは石畳を引き裂きながら後方へと滑る。
「ライナスの身体が戻ったのなら、もう容赦はいらねぇな……ぶっ潰してやる……!」
エルクはレーヴァティンを構え直した。
そのとき―――
―――バキィッ!
鈍い音とともに、今しがた握り直したレーヴァティンが突然ひび割れたのだ。
「な……ッ!?」
エルクが驚きに目を見開くのと同時に、剣はまるで限界を迎えたかのように砕け散っていく。
「嘘だろ……?」
呆然と剣の残骸を見下ろすエルクに、冷たい声が降ってくる。
「あーあ、ここまでだねぇ」
その言葉とともに空間がふっと歪んだ。
まるで風に舞う羽根のように、軽やかに現れたのは『ロキ』だ。
エルクの隣に立ち、呆れるようにしてレーヴァティンを眺めている。
「ロキ……?」
エルクは、ゆっくり―――本当にゆっくりと顔をロキのほうへと向けた。
その動きには、現実を飲み込めずにいる呆然とした反応だけが宿っている。
「んー……そろそろいいかな?キミと遊ぶのも楽しかったんだけどさー……飽きちゃったんだよね」
ロキは、ぱっと手を広げひょうきんな笑みを浮かべた。
悪意も敵意もない声色に、ただただ心の底から『面白がっている』という感情だけが透けてみえる。
「な……に、言って……」
エルクの声が掠れる。
足元が揺らぐような感覚に襲われ、地面に足がついているのかどうかさえ、わからない。
だが、ロキはそんなエルクの側を離れると、サタンへと歩いていった。
獣の姿をとるその巨体の前で立ち止まり、にこりと微笑む。
「さて、あとは……『マリアちゃん』を殺すだけ、だね」
その言葉に―――時間が止まった。
風がやみ、まるで世界そのものが息を呑んだかのように、音が消え失せたのだ。
「……っ、な……」
エルクの喉から漏れたのは……声にならない声だった。
脳裏に浮かぶのは、無邪気に笑うマリアの姿。
泣いたり、怒ったり、拗ねたりと、ころころと感情を変える彼女は、愛しい存在でしかない。
だからこそ誓ったのだ。
命を懸けてでも―――守る、と。
「……ふざけるな」
口元が震え、握りしめた拳に力が入らない。
脳裏に浮かぶマリアの笑顔が崩れ、血に染まり、冷たく横たわる未来が……エルクの胸を引き裂く。
「嘘……だろ?―――嘘だと言え!!」
その叫びは、怒りでも憎しみでもなかった。
ただただ―――悲しみの果てから絞り出された、慟哭だったのだ。
だが、ロキはその声に小さく首を傾げてみせる。
「嘘?どうして僕が嘘をつくんだい?」
「―――っ……だって……俺とロキは契約してて……マリアは教会の……」
エルクの言葉にロキはくすりと笑い、その問いかけに答える代わりに語り始めた。
「ねぇ、エルク。キミは本当に運が悪い子だよ。だってさ、全部―――最初から僕の計画通りだったんだから」
その声は、冗談のように軽やかだった。
しかし、ひとつひとつの言葉に、針のようなものを感じる。
「『終末の日』って知ってるよね?あれをもう一度やりたいと思ってたんだよ。世界を絶望に塗って、神も悪魔も天使も人間たちも―――すべてがぐちゃぐちゃに混ざり合うのって最高じゃない?」
「さい……こう……?」
エルクは、言葉を失ったままロキを見つめていた。
「そうだよ。ロイドからキミを『預かった』とき、僕はもう決めてたんだ。リーシャが『天使のサマナー』だって知った瞬間にね、これは最高の遊びになるって思ったんだ」
「お前……!」
「それに、キミたちが戦うたび、もがくたびに僕はベルゼブブに指示を出してたんだ。次は誰と戦わせようかなって。あー…楽しかったなー……」
ロキは、遠い思い出に馳せるように目を細め、空を仰いだ。
まるで、語る『過去』が宝物ででもあるかのように―――心底楽しげな顔をみせる。
「……ああ、そうそう。ロイドは少しずつだけど気づき始めてたんだよ。キミたちが知らないところで、僕とベルゼブブが接触していたのをね。まぁ、なんとなくだろうけど」
ロキは肩をすくめて笑い、そして続けた。
「だから―――ほら、あの日。中央教会が襲撃されたとき、キミたちが戦ってる裏でほんのちょっとだけ力を貸したんだよ。ロイドに永遠に眠ってもらうため、ベルゼブブにね」
「……ッッ!!」
エルクの顔から、血の気が引いていった。
吐き気を催すほどの衝撃が胸を突き刺す。
「さ、遊びはここまでだよ?」




