第十四章〜多相の男〜⑤
エルクの問いかけに、『ライナス』は一瞬だけ動きを止めた。
だが次の瞬間、ニィ……と、異様に口角を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべたのだ。
エルクが構えるより早く、『ライナス』は唸り声をあげながら拳を振り上げ、一気に距離を詰めてくる。
凄まじいまでの怪力とスピードに、拳が振るわれた瞬間に空気が爆ぜる音が響いた。
「くっ……!!」
エルクは素早く身を引き、剣で拳を受け止める。
鋼同士がぶつかり合ったような激しい火花が散り、剣が押し返されるほどその拳は『重たい』。
(普通の人間じゃない……!)
エルクは剣を構え直し、慎重に距離を取ったのだった。
こうしてエルクは『ライナス』と、フィールは『オリヴィア』と、そしてルーインは『エルク』。
それぞれが戦闘を繰り広げることとなり、森のあちこちで鋼がぶつかるような激しい音が響き渡る。
互いに孤立したまま、誰がどこで戦っているのかわからない状況が続く。
そんななか、本物のライナスは同じく本物のオリヴィアの治癒のおかげで、立てるまでに回復していた。
サタンの肉体を持っていることから、一般人よりも遥かに高い治癒力を発揮している。
「はやくみんなを探さないと……!」
ライナスはミョルニルを握りしめ、立ち上がった。
「まだ安静にしていないと―――!」
オリヴィアの慌てた声が彼の動きを静止させるものの、ライナスは小さく首を振った。
「大丈夫、もう戦える。それに今は―――」
ライナスは、森の奥に響く仲間たちの戦闘音に耳を澄ませた。
「みんなのほうが危ない」
拳がぶつかる重い音や鋼が弾ける衝突音が、それぞれの方向から聞こえてくる。
「このままじゃ合流できない……!」
ライナスはミョルニルを握りしめ、静かに息を整えた。
「暗くてみんなの場所がわからないなら―――照らし出せばいい!」
そう言うとライナスは、ミョルニルに雷を纏わせ始めた。
柄から迸る電流が音を立てて踊り、雷光が収束していく。
「行けぇぇ……!!」
ライナスはミョルニルを振り上げ、電撃を地面に叩きつけた。
その瞬間―――
バチバチバチバチッーーー!!
と、轟く雷鳴とともに雷が地を奔ったのだ。
周囲一帯の暗闇を一瞬にして照らし出し、昼間のように森の全景を浮かび上がらせる。
「なっ……!?」
「は!?」
「えっ―――!?」
その雷光に照らされた先―――そこには異様な光景が広がっていた。
エルクvs『ライナス』
フィールvs『オリヴィア』
ルーインvs『エルク』
仲間たちが仲間たちと交戦している異様さに、全員が息を呑む。
「……っ、なんてこと……!」
オリヴィアは眉をひそめるも、すぐに状況をはあくしてライナスへ声を飛ばす。
「ライナス!まずはエルクの援護に向かって!」
「了解!」
ライナスはミョルニルを強く握り直し、雷光の中を駆け出す。
目指す先では、エルクが『ライナス』と激しく打ちあっていた。
「くっ―――!」
鋼のように硬質な拳を何度も受け流しながら、エルクはギリギリの応戦を続けていた。
レーヴァティンの斬撃は鋭いものだが、相手の拳はそれを弾き返すほど異様に重い。
(くそっ……!時間をかければこちらが先に崩れる……!)
そこに―――
「兄貴!援護に入るぞ!」
ライナスの声が雷鳴に乗って響いた。
ミョルニルに纏わせた雷光が眩しく弾け、一気に間合いを詰める。
「今だ!剣を振り抜け!!」
エルクはライナスの意図を即座に理解し、渾身の力でレーヴァティンを振り抜く。
そして、その刃が『ライナス』の拳にぶつかる刹那―――
「来いッ!!ライナス!!」
エルクの掛け声と同時に、ライナスはミョルニルを高く振り上げた。
雷が鎚の先端に収束し、轟く雷鳴とともに放たれる。
「喰らえぇぇ―――っ!!」
ライナスの叫びとともに、雷撃が『ライナス』の拳めがけて叩きこまれる。
激しい閃光が森の中で暴れ、レーヴァティンの刃と重なった一撃は鋼のごとき拳に亀裂を入れたのだ。
「ちっ……!」
電撃を食らった『ライナス』は、すぐに体勢を立て直す。
そして、一歩ずつじりじりと後退し始めたかと思うと―――
急に反転し、後方へと全速力で駆け出したのだ。
「逃がすか!」
「追うぞ、兄貴!」
エルクとライナスは即座に反応し、その背を追いかける。
するとそこに、ルーインと戦う『エルク』の姿があったのだ。
「兄貴が二人!?」
「バカ!あっちが偽物だ!」
ライナスの叫びに、エルクは表情を強張らせる。
自分の姿を模した何者かが、ルーインと激しく戦っていたのだ。
(―――ということは、ルーインは本物!)
援護に入ることを考えたエルクだったが、次の瞬間『ライナス』がまっすぐに『エルク』のもとへ走り込んでいったのだ。
そのスピードは緩まることがなく、一瞬で距離を詰めていく。
「おいおい……何をする気だ!?」




