第十四章〜多相の男〜④
フィールが『オリヴィア』に違和感を抱いているころ、別の場所ではルーインが警戒しながら森の中を見回していた。
昼間とは思えぬほど暗い森の中で、誰かと合流すべく耳を澄ませている。
「近くに誰かがいればいいのですが……」
そのときだった。
「ルーイン、大丈夫か?」
そう声をかけたのは、『エルク』だ。
大木の影から姿を現し、ゆっくりとルーインに近づいて来る。
「エルク……無事でしたか」
ルーインは安堵の言葉を返し、再び周囲を見回した。
「合流できたことはよかったですが、まだ安全とはいえません。油断は禁物ですよ」
「あぁ」
『エルク』の短い返事に、ルーインはなぜか違和感を感じていた。
彼の声に、どこか乾いた響きが混じっているような気がしたのだ。
「……?」
ルーインは、ふと視線を『エルク』に向け直した。
辺りを警戒するようにルーインに背を向ける『エルク』は、手に何も持たずに空を見つめている。
その背中に、奇妙な違和感を覚えてしまう。
(……なぜ剣を持たない?)
『警戒するように』と伝えたはずなのに、素手の状態で立つ『エルク』。
その姿は、あまりにも不用心だった。
(……本来のエルクならば、必ずレーヴァティンを手にしているはず)
ルーインが感じた違和感は、それだけではなかった。
わずかに揺れる肩の動きもどこかぎこちなく、まるで『警戒している動作』を真似ているだけのようにさえ見えたのだ。
さらに―――
(表情が……私の知っているエルクではない)
じっと空を見つめるその横顔は―――おかしなものだった。
眉も口元も固まったまま、まるで仮面のように表情筋が貼りついているように見える。
まるで―――
(『エルク』という存在をなぞっただけの不完全な模倣―――)
冷たい確信が、静かにルーインのなかに降り積もっていく。
(ノルン……力を……)
ルーインはそっと息を整え、未来を視る。
すると、数秒先で『エルク』が一歩後退する景色が視えたのだ。
その後、振り返りざまに拳を振り上げ、鋭く殴りかかってくる。
(やはり―――あなたは偽物だ)
ルーインは軽く息を吐き、目を一瞬だけ伏せた。
それと同時に、目前の現実が動き始める。
(……来る!)
『エルク』が予知どおりに一歩後退し、振り返りながら拳を振り上げた。
「―――っ!」
ルーインは迷うことなく剣を抜き、襲い来る拳を受け止める。
だが、打ち込まれた拳は鋼のように硬く、剣を弾き返すほどの異常な硬度を持っていた。
「やはり―――!本物ではありませんね……!」
ルーインの言葉に、異様に吊り上がった笑みを浮かべる『エルク』。
その表情は、人間の者とは思えない歪さを帯びていた。
「……っ!」
次の瞬間、『エルク』は獣じみた唸り声を漏らしながら、さらに踏み込んで拳を振り抜いてきた。
その動きは速く、振り下ろされた拳が空気を裂き、鋭い風圧を生む。
「くっ―――!」
ルーインは身を捻り、その拳を紙一重でかわす。
そして、すかさず反撃の斬撃を放つが、『エルク』はわずかに身体を捻った。
鋼同士がぶつかり合うような衝撃が、森の奥で響き渡る。
互いに距離を取りつつも、両者の殺気は高まるばかりだった。
(本物のエルクは一体どこに―――!?)
そのころ―――
本物のエルクはひとり、荒い息を吐きながら森の中を彷徨っていた。
彼の耳に届く森の奥からの衝撃音が、誰かが戦っていることを物語っている。
「くそっ……!みんなはどこに……」
焦燥と不安が胸を締め付け、エルクはどの方向に進むか迷っていた。
そのとき―――
「エルク……!大丈夫か!?」
そう言って、『ライナス』が木々の向こうから駆け寄ってきたのだ。
「ライナス……!無事だったのか!?」
「ああ、なんとかな」
そう応えながらも、『ライナス』は息を乱す様子がなかった。
やけに落ち着いた足取りでエルクに近づき、どこか作り物めいた笑みが浮かんでいる。
「とりあえず、誰かと合流したいとこだな。怪我でもしてたら大変……」
そこまで言った、その瞬間―――
エルクの視線はライナスの腹に落ちた。
ついさきほど、あの男に深々と貫かれていたはずの腹部は、まるで何事もなかったかのように傷ひとつ残っていなかったのだ。
そして、血痕の跡すらもない。
(……おかしい)
エルクの胸の奥が、冷たく締め付けられていく。
だが、彼は表情を崩すことなく淡々と探りを入れ始めた。
「……『ライナス』はどこに放り出されたんだ?」
「俺は、向こうにある木の根元だった。ちょうど転がり落ちるのを止めてくれたみたいで、助かったよ。……エルクは?」
「俺は低木がクッションになってくれた。……お互い、木に助けられたみたいだな」
そう言いながらも、エルクは決定的な違和感が耳に残っていた。
それは―――
(呼び方が―――違う)
いつもなら、ライナスはエルクのことを『兄貴』と呼ぶ。
それが自然で当たり前の、彼らの距離感だったのだ。
だが―――
(今の今まで、こいつは一度も『兄貴』って呼んでない……!)
違和感が確信に変わった瞬間、エルクはレーヴァティンを引き抜いた。
その鋭い剣先がわずかに光を反射し、闇のなかに煌めく。
「―――誰だ、お前は」




