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第二章 〜港町の略奪者〜①

ラインバーグの雨がうそのように、空は澄み渡っているこの街はサウシア。

白い雲がゆっくり流れるなか、石造りの高台に建つ教会南支部が姿を現す。


教会の屋根には巨大な鐘楼があり、風に揺れる鐘が重々しく鳴るたび、静かな街全体にその音が染み渡る。


「久しぶりの『晴れ』って感じだな」

「うん。でも、空がきれいすぎるのもちょっと落ち着かないよ」


エルクとフィールは教会の正門をくぐり、石畳を進んでいく。

その先には、彼らの報告を待っている男、ジン=ハークスの姿がある。

黒髪に白髪混じりの髪を後ろに撫でつけ、眼光鋭いその男はエルクとフィールをじっと見据えていた。


「ご苦労だったな。ラインバーグの件は、もう伝え聞いている」


大きな声でそう言うと、エルクとフィールを教会の奥にある執務室へと案内した。

そして椅子に座ると、エルクたちより先に到着していた報告書を出し、話し始めた。


「では、お前たちの口から聞かせてくれ」


するとエルクは、報告書を見つめて


「もう終わった」


と、ぶっきらぼうに言い放ったのだ。

その言葉に驚いたジンは、目を丸くしている。


「あっ…!ぼ…僕が説明しますっ…!」


手を挙げ、事細かに話すフィールの言葉を聞きながらもエルクは足を組み、じっと報告書を見つめていた。


「……と、いうわけなんです。市長のトムさんが自殺という結末になってしまいましたが、ラインバーグでの怪奇現象は終着したと思います」


気がつけば終わっていたフィールからの報告。

ジンは報告書と照らし合わせるように紙をめくっていた。


「ふむ…ほかに気になることはなかったか?エルク」

「……」


話を振られたエルクは、少し考え込むようにして窓の外を見つめた。

そして……


「…背後に『何か』がいる」

「『何か』?そりゃなんだ?」

「わからない。でも、全部が終わって教会の部隊が到着したとき、『何か』に見られている感覚があったんだ」


その言葉に、フィールは「そんなのあった?」と言わんばかりの表情を見せていた。

一方でジンは、エルクの話を黙って聞いている。


「……ほう。それは『奴ら』かもしれんな」

「…やっぱり知ってんのか」


エルクの言葉を驚きもせずに聞いていたジンの態度から、エルクは教会が『何か』の存在に気付いていることを悟っていた。


「近年、教会が追っている組織があるんだ。それは『崇拝教』と呼ばれる異端集団だ。悪魔を神のように崇めてる。お前たちが遭遇したのは、おそらくその一派だろう。そして―――」


ジンはゆっくりと立ち上がり、棚から地図を取り出した。

それを机の上に広げ、ある場所を指さす。


「ここは、『ルーン』という港町だ。海に面していることから雨が多く、風も強い。だが最近、雨が降らないという報告が上がってきてるんだ」

「……ただ降らないだけだろ?そのうち降るんじゃ…」

「いや、数週間ものあいだ、一滴も降ってない。あの地方は気象の変動が激しい土地なんだ。異常にもほどがある」

「!!」


ジンの言葉に、エルクの脳裏に3年前の大災害の記憶がよぎった。

しかし、あのときは大洪水、今は干天だ。

真逆とも言える気象に、3年前のことを重ねるのは難しい。

だが―――


「ライナス…かもしれない」


ぽつりとこぼした声に、ジンの眉が上がる。

だが、その意味を問う前に、エルクが口を開いた。


「俺たちを『ルーン』に行かせてくれ!その街には…絶対に何かがある」


その目に浮かんでいるのは『確信』だ。

そして、『弟を止める』という道を進むための覚悟でもあった。


「却下だな」

「なっ……!?」

「お前たち、自分の年齢をわかっているのか?未成年だろ?教会本部が危険地域への派遣を禁じているし、尚且つ、お前の『事情』が含まれているのは明らかだ」

「―――っ!」


エルクは両手で机を叩きつけ、立ち上がった。

肩で荒い息を繰り返し、今にも暴言を吐きそうな形相でジンを睨みつけている。


「エルク、落ち着いて?」


フィールが静かに言うと、エルクは盛大な舌打ちをして腰を下ろした。

そんな様子を見たジンは、深くため息を漏らす。


「…フィール、お前も大変だな」

「あはは…、もう慣れてるんで…」

「ま、とりあえずは寄宿舎に戻れ。いいか?これは命令だからな?勝手な行動を取ろうもんなら、今後の任務がどうなるか…わかってるよな?」


重く閉ざされた扉のような声に、エルクは何も答えなかった。

そして言われたとおりに寄宿舎に戻り、ベッドで横になる。

しかし、いくら時間が経とうとも、眠ることはできなかった。


(ルーンでの現象は、間違いなく何かの兆しだ。絶対に何かある)


隣のベッドで寝息を立てるフィールを見つめながら考えていると、扉の向こうから教会員たちの話声が聞こえてきたのだ。


「ルーンの雨、どうなっちまうんだろうな」

「止まったままなんだろ?雨がなきゃ、生活に支障が出てくるだろうし…」

「それに、変な事件もあるらしいじゃん」

「上の人たちは『あれ』の仕業だーとか言ってたな」


教会員たちは、話しながらエルクたちの部屋の前を歩いて行った。

そして、その足音と会話が遠くなったのを確認したエルクは、そっとベッドから起き上がる。


「フィール、起きろ」


そう声をかけると、フィールはぱちっと目を開けた。

そして、眠そうに目をこすりながら窓を見る。


「まだ夜だよぉ?」

「いいんだ、夜のほうが都合がいい」

「?……どういう―――」


「行くぞ、『ルーン』へ」


その言葉に、フィールは完全に目が覚めた。

荷造りを始めるエルクにつられるようにして自分も荷物をまとめていく。


「え…えぇ…!?本当に行くの!?」

「あぁ。ライナスがいる気がするんだ」

「……」


月明りが照らす部屋で、エルクの目は怒りや憎しみ、それと困惑が混じったような色を見せていた。

彼をよく理解し、また、彼の弟であるライナスのことも理解しているフィールは、その輝きを失った目に哀しみを抱きつつ笑って見せる。


「わかったよ。ただ…見つからないようにね?」

「もちろん」


こうして二人は夜の闇に紛れ、教会の寄宿舎を抜け出した。

向かう先は港町ルーン。


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