第十三章〜怠惰の顕現〜④
ライナスの声とともに、ガラガラと音を立てて大岩が崩れていく。
舞い上がる土煙の中から、ぬるりと現れたのは―――
ヤギのような頭部に捻じれた角を持つ、異形の悪魔だった。
「ふあぁ……よく寝た……」
悪魔は口を大きく開けてあくびをし、やがて唇の端を吊り上げた。
そして―――
「やぁ、人間ども。私はベルフェゴール。長き封印から目覚めたこの瞬間を……歓迎してくれよな?」
そして、その口が裂けるほどに開いたとき、耳をつんざくような絶叫が大気を震わせたのだ。
「うああっ……!」
空気がびりびりと波打ち、鼓膜を抉るような衝撃音が一同を襲う。
次の瞬間、ベルフェゴールはフィールの背後に音もなく現れ―――
「じゃ、一番能力のなさそうな君からね」
そう言うと、ベルフェゴールは片足を軽く振り上げた。
ドンッ!!
鋭く放たれた蹴りがフィールの腹を打つ。
フィールは一瞬、何が起こったのか分からず、呻く間もなくその身体は宙に浮いたのだ。
そして背後の木へと叩きつけられ、そのままズガンッ!と、鈍い音を立てて地面に崩れ落ちる。
「フィール!」
ライナスが叫び、駆け寄ろうとする―――が、フィールは手を掲げて制した。
「だいじょうぶ……!それより気をつけて……っライナス、うしろ!」
その警告と同時に、今度はライナスの耳元で雷鳴のような絶叫がさく裂したのだ。
「ぐっ……あああああっ!!」
脳を突き刺す音圧に、ライナスは膝をつき耳を押さえる。
血が滲み、意識が白く霞むものの、それでも『彼の身体の再生能力』によって、鼓動を取り戻していく。
「まだまだだよぉ?」
ベルフェゴールは不敵に微笑み、今度は鋭い膝蹴りを放った。
その一撃がライナスの腹に深く刺さり、彼の身体は跳ねるように後方へと吹き飛ばされてしまったのだ。
「次はオマエだな」
ベルフェゴールはにやりと口角を吊り上げ、今度はエルクへと目を向けた。
その瞳には、まるで獲物をいたぶる捕食者のような愉悦が滲んでいる。
「させるかよっ!!」
エルクはレーヴァティンを引き抜き、地を蹴った。
その動きは疾風の如く、空気を裂く勢いでベルフェゴールに切りかかる。
「おっと、元気だねぇ」
ベルフェゴールは、寸前でその一撃を身をひねって躱した。
だがその瞬間、足元に違和感を覚えたのだ。
「重い……?」
そう感じたときにはもう遅く、ベルフェゴールの身体の動きは目に見えて悪くなっていく。
次の瞬間―――
「そこだ!!」
ルーインが背後から鋭く剣を振り下ろしたのだ。
ベルフェゴールは紙一重でそれを避けるが、すぐさま正面からエルクが追撃に入る。
「逃がすか!」
エルクが飛び込み、剣を横に薙ぐ。
それを避けるため、ベルフェゴールは地を蹴って宙に跳ぶも、それすら予測済みだった。
「エルク、上です!」
「任せろ!!」
ルーインの声にエルクは即応し、飛び上がってベルフェゴールの逃げ道を断つ。
鋭い突きがベルフェゴールを地へと押し戻し、その着地点には―――ルーインが待ち構えていた。
「ここで仕留めさせていただきます!」
ルーインが渾身の一撃を振り上げる。
しかし、ベルフェゴールは身体をしならせるように滑らせ、寸前で攻撃を躱したのだ。
まるで地面に貼りつく影のように、するりと死角から抜け出していく。
「くっ……しつこいですね……!」
ルーインが歯を食いしばり、すかさず体勢を立て直した。
そのあいだに、背後ではオリヴィアが両手を重ね、祈りを捧げる。
すると、倒れていたフィールとライナスの身体を淡い光が包み込んでいったのだ。
かすれた呼吸が整い始め、裂けた傷がふさがっていく。
「ぅ……たすかった……」
「もうだいじょうぶです、戦える……!」
治療を終えた二人が立ち上がると同時に、ルーインとエルクが再びベルフェゴールに迫る。
二人がかりの鋭い連携により、剣が交差するなか、刃が右から左へ、そして下から上へと矢継ぎ早に襲いかかる。
「うらぁぁっ!!」
エルクが突き出せば、
「合わせます!」
と、ルーインが横から斬り上げ、斬撃の軌道がまるで罠のように絡み合う。
旅立ち前に鍛えなおした基礎と信頼の呼吸が、まさに今、実を結んでいた。
「これはなかなかな……」
ベルフェゴールは目を細め、舌打ちに似た息を漏らす。
そのとき―――ひゅう……と風が鳴り、場の空気が変わった。
「っ……?」
ベルフェゴールの足元を、突風が巻いたのだ。
砂と枯草、雪が舞い上がり、視界をわずかに奪う。
「くっ……!」
その瞬間、地を裂くような鋭い音が風の中から走ってきた。
それは白く光り、ベルフェゴールの足元を撃ち抜くように走り、爆ぜたのだ。
「今度は雷か……!」




