第十二章〜潜む叛逆者〜③
ロイドを失い、深い喪失に暮れる教会では、数日の時間が経ってもその影が色濃く残っていた。
日常を取り戻しつつあるものの、人々の眼差しにはどこか迷いと不安が宿っている。
そんななか、エルクとフィール、ライナス、バールは面会室に足を運んでいた。
その理由は―――クロスと改めて向き合うためだ。
「お前の知っていることを―――すべて話してもらう」
エルクは、ロイドを殺した悪魔―――ベルゼブブについて問う。
するとクロスは、わずかに瞼を伏せ、かすかな息を吐いてから口を開いた。
「……ロイドを殺した悪魔『暴食のベルゼブブ』は、崇拝教の中でも中核に位置する存在だ。ほかの悪魔たちを従え、誰も逆らえなかった」
重たい空気のなか、クロスは淡々と語り続ける。
「サタンをはじめ、数体の大罪悪魔たちがそれぞれの任を負って動いていた。ベルゼブブはその調整役のような存在で、サタンとよく行動をしていたようだ」
クロスの語るベルゼブブの情報は重く、しかし確かな手応えを持っていた。
エルクは頷きながらも、その先にある疑念を手放せずにいる。
「……ひとつ、聞きたいことがある」
そう切り出したエルクに、クロスは静かに目を向ける。
「ベルゼブブは悪魔たちを従えてたって言ってたよな?それはお前も含めて?」
「そうだ」
「なら……そのベルゼブブ自身は、誰かの指示を受けていたのか?誰かの意志を汲んで動いていたとか……」
クロスは、その言葉に何かを察したように視線を伏せた。
そして―――
「それはわからない。ただ―――ベルゼブブがサタンと並んで崇めていたやつがいた」
新たな情報に、面会室の空気が微かに緊張する。
エルクたち一同は、その続きをじっと待った。
「そいつが誰だか、俺はわからない。姿を見たことがないんだ。だが……あのベルゼブブがまるで信者のようだった。崇拝してやまない存在……みたいな」
その瞬間、一同は悟った。
クロスの言う『者』と教会内部にいるかもしれない『叛逆者』が、同一人物かもしれないのだ。
「ほかの悪魔たちはどこにいる?」
「……もともとはグリース山脈の大穴にいたんだ。あそこは古くから人が近づかないから、ちょうどいい隠れ家になってた」
「ベルゼブブも?」
「あぁ。マモン、レヴィアタンもいた。あと―――」
クロスは短く息を吐き、こう続けた。
「『怠惰のベルフェゴール』は、まだ復活してない。でも……『色欲のアスモデウス』は、たぶん復活してる。ラインバーグに『対』がいるって話を聞いたことがある」
その言葉に、ライナスがはっと顔を上げた。
「……バレンシアさんのことか」
「俺は捕まってたから、詳細はわからない。けど、ベルゼブブはマモンとレヴィアタン、俺を失った。―――となれば、今度はサタン、アスモデウスとともにベルフェゴールの復活に向けて動くだろう」
すると、フィールがクロスに問う。
「その復活、完全に防ぐ手段はある?」
その問いに、クロスは即座に答えた。
「『対』が生きていればいい。ベルフェゴールと対になるのは『勤勉の天使ガブリエル』。その契約者が生きていればいいだけだ」
ガブリエルと契約をしているのは『リン=ユナ』だ。
クロスの証言により、一同は次にせねばならぬことを明確に悟る。
「すぐにでもリン=ユナの保護を強化しないと……!」
エルクは、急ぎ部屋を出ようと扉に向かった。
だが、その足をクロスの声が引き留める。
「もうひとつ、重要なことがある。―――サタンのことだ」
『サタン』と聞いたエルクは、ぴたっと足を止めた。
振り返ると、クロスがじっとエルクを見据えている。
「奴は少年の姿をしている。だが、その実力は俺たちが束になっても敵わないだろう」
言葉の重みが、部屋全体の空気を一層張り詰めさせていく。
そして、クロスはさらに続けた。
「サタンはおそらく、『完全復活』をまだ果たしていない。だが、あの姿のままでも都市をひとつ消し飛ばすことは容易だろう。雷鳴が鳴りやまないのも、その兆候だ。あの存在がいる場所では、空が怒りをあげる」
するとフィールが腕を組み、低く呟いた。
「グリース山脈を根城にしたのも、そういうこと?あそこは年中不安定な天候をもつ。それを利用して……?」
フィールの推測に、エルクははっと気がついた。
「奴らは、グリース山脈の根城を捨てた。次に根城を移すとすれば……天候の異常が起きる場所が怪しいってことか……!」
だが、何もない場所で雷鳴を轟かせると、自身の居場所を教えることになることくらい奴らもわかっているだろう。
そうすると、その自然の変異すらも覆い隠せる場所を選ぶと考えるのが自然だ。
「どこだ?どこに隠れる……?」
木を隠すのなら、森の中だ。
どこか気候の変動が激しいところを模索していると、バールが低く口を開いた。
「……ある。ひとつ、思い当たる場所がある」
その声に、全員の視線が集まった。
「アストリアでは南のほうが気候の変動が激しい傾向にある。そのなかで、直近で雷鳴がよく轟くところを調べてみよう」
バールのその一言に、部屋の空気が再び緊張感を帯びた。
「南支部のジン=ハークスに連絡を取る。現地で雷鳴や異変が頻発している場所を洗い出してもらおう。怪しい場所が見つかれば、そこを拠点に調査隊を送る」
一同はその話に深く頷き、次なる行動の輪郭が固まりつつあった。
そんななか、エルクはふとクロスに視線を戻す。
「話してくれてありがとな。お前の言葉がなければ、ここまで見えてこなかった」
その言葉に、クロスは驚いたように少しだけ目を開いた。
感謝の言葉をくすぐったく感じ、視線を下ろす。
その様子を見たエルクは、クロスにこう告げた。
「俺の母親は……かつてルシファーの枷となる天使と契約していたサマナーだった。お前が今、抱えている力と向き合ったひとりだ」
クロスは、視線を下げたまま表情をわずかに揺らした。
「だから……俺にはわかるんだ。お前がどんなものを背負ってきたのか。―――全部じゃないにしても、少しは……な」
エルクの言葉には、敵だったはずの男への赦しが含まれていた。
そして、『信頼』という灯を静かに込み入れ―――
「これから先、もっと厳しい戦いになる。俺たちには、お前の力が必要だ。……一緒に戦ってくれないか?」
その言葉に、クロスはしばらく何も言わずに俯いていた。
やがて静かに……だが確かに頷いたのだ。
「―――ありがとう」
その後、面会室をあとにしたエルクたちは、教会内の静かな廊下の一角で足を止めた。
先ほどの緊張感を引きずったままの三人に、バールが次の指令を出す。
「……我々の使命は、これまで通りだ。南部のことはジンに任せるとして、こちらは天使のサマナーたちの保護に全力を注ごう」
その言葉に、フィールが頷きつつ尋ねる。
「あと、ベルフェゴールの封印場所の特定も……ですね」
「当然だ。お前たちにはその調査を任せようと思う」
新たな任務に、エルクとフィール、ライナスは姿勢を正す。
そんな様子を見て、バールは口元を緩めた。
「だがな、子どもたちばかりで行かせるわけにはいかない。戦力としてルーイン、オリヴィアを同行させる。きっと頼れる存在になるだろう」
「……わかった」
エルクは拳を握りしめ、頷いた。
その隣ではライナスも同じように頷いている。
「行き先は―――ノーディルに向かう途中にある村『ハイル村』だ。小さな村だが、昔からある言い伝えが残っている」
「言い伝え?」
「あぁ。その村には『近づくべからず』と言われている大岩があるらしいんだ」
その言葉に、三人は同じことを考えた。
もしかするとその大岩に、ベルフェゴールが封印されているかもしれないのだ。
「確証はないからな?ノーディルに行く途中にあることから、その調査も頼む」
こうして三人は次なる地―――ハイル村に向けて準備を始めるのだった。




