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第十二章〜潜む叛逆者〜①

教会での惨劇から半日も経たぬころ、朝焼けを背に重々しい足取りで中央教会へと戻ってきたのはグリース山脈に向かっていた枢機卿たちの一行だった。


「やはりここが狙われたのか」


バールは血の気を失ったような顔色で、辺りを見回す。

そこには重傷者の搬送と混乱がまだ続いており、昨晩の様子がどれほど酷いものであったかが痛いほど伝わってきていた。


「ロイド様が……殺されただと?」


誰かの小さな呟きに、場の空気がさらに重く沈む。

バールは拳を握り、わずかに震わせながら目を閉じた。


「遅かった……ッ」


呻くような低い声が、喉の奥から漏れた。

するとそのとき、教会員のひとりがバールに駆け寄ってきたのだ。

そして、彼の耳元で事の詳細が告げられる。


「エルクたちが……?今、どこにいる?」


バールの問いに教会員は頷き、まだ血の匂いが残る廊下を先導していく。

やがて一室の扉が開かれると、そこには沈痛な面持ちで向き合うエルクとフィール、ライナス、マリア、そしてイーネの姿があった。


「父さんが……父さんが……」

「……ああ、聞いた」


バールはゆっくりと頷きながら彼らの前に立ち、重く口を開いた。


「おそらく、我々が中央を離れるのを待っての、今回の襲撃だろう。グリース山脈には崇拝教らの痕跡はあったものの、もぬけの殻だった」


その言葉を聞き、フィールが呟いた。


「……おかしいとは思っていたんです。こっちの動きに合わせたみたいに奴らは襲ってきていた。でも今回の件でハッキリしました。―――『偶然』なんかじゃないってことが」


それに続き、エルクも険しい表情のまま語る。


「リーンズ村、ノーディル、ラインバーグ……全部こっちの行動を見ていたようなタイミングだった。父さんが殺されたのも……」


拳を握る音が、部屋の沈黙の中で妙に大きく響く。

ライナスは俯き、クロスも視線を下げていた。


その彼らへと、バールは一歩近づく。

目には静かな怒りと、長年戦ってきた者特有の冷徹な覚悟が宿っていた。


「……マリア、イーネ。悪いが席を外してくれ」


バールの言葉に、マリアとイーネは顔を見合わせた。

そして軽く頭を下げると二人は退室し、残されたエルク、フィール、ライナスもまた互いに顔を見合わせている。

そんな三人に、バールは低く……そして沈んだ声でこう言った。


「―――我々の中に、裏切者がいるかもしれん」


薄々感じ取っていたエルクとフィールは、目を伏せた。

そこには信じたくない気持ちと、憤りが混じっている。


「やっぱり……」

「この件を知っている者は限られている。亡きロイド様、枢機卿である我々四人、それにくわえてお前たち三人、あとはベル、マリア、イーネ、リン、各支部長、ヴァンだ」


続けてバールは三人を鋭い眼差しで見つめ、こう言い切った。


「いいか?敵がどこに潜んでいるかわからん以上、周囲を信用するな。もちろん、俺も含めてだ」


その言葉に、フィールは小さく息を呑んだ。

ライナスは無言のまま頷き、エルクは決意を込めた瞳でバールに返す。


「わかった。けど、俺たちは止まらない。このまま誰かを失うなんて……もうたくさんだ」


エルクの決意に、バールは一瞬目を細めた。

それからわずかに口角を上げ―――


「ならば、進め。いずれ真実は掴める。―――そのときこそ、我らはすべてを正す」


その言葉とともに、部屋の空気が緩やかに変わり始めた。

重く沈んだ会話の余韻を背負いながらも、それぞれの心には小さな灯がともっている。


「さぁ、行こう。教皇ロイド様と―――最期の別れだ」


バールに促され、エルクたちは静かに頷くと重々しい足取りで部屋をあとにした。

聖堂にはすでに多くの教会員が集まり、厳かな鐘の音が空気を震わせている。

白い祭壇の中央には花に包まれたロイドの亡骸が静かに横たわっており、その姿はまるで深い眠りについているかのようだった。


涙をこらえる者や目を閉じて祈りを捧げる者、それぞれがロイドという存在の大きさを胸に刻みながら、最後の別れを迎える。


そのときだった。

空間がふわりと揺らぎ、まるで風のない部屋で水面が波立つような気配を、エルクは感じたのだ。

振り返るとそこに、黒のローブに身を包んだ男―――ロキが立っている。


「……悲しいね」


ロキは祭壇へと向かい、そこでロイドの顔を見下ろした。

そして目を細め、囁くように語りかけたのだ。


「僕に付き合ってくれる、数少ない『本物』だったよ。まったく……こんなにも早く逝くなんて」


ロキはローブから一輪の花を取り出し、棺の側にそっと置いた。

そして、誰とも目を合わさずに踵を返し、歩き去って行く。


「……ロキ、あとで話がある」


エルクとすれ違いざまにそう言われたロキは、足をとめずに肩をすくめるように笑った。


「あとで……ね」


そう呟き、ロキはまるで靄のなかへと溶けるように姿を消した。

その様子を気配で感じ取っていたエルクは、祭壇の前に進み出る。

そして、父の眠る棺をまっすぐに見つめ―――


「……父子らしいこと、何もできてないのに……こんな別れ方……っ」


エルクの声は震えていた。

だが、その目だけは逸らさず、じっとロイドの顔を見据えている。

花に囲まれ、安らかな表情をたたえたロイドは、もう何も語ることはない。

それがどれほど残酷なことか……エルクはようやく実感し始めていた。


「でも……でもな、父さん」


喉の奥で詰まった言葉を、震える呼吸とともに押し出すように続ける。

ここで言わなければ……もう『父』に言うことができないのだ。


「俺……ちゃんと守るよ。父さんが信じてきたもの、繋いできたもの……俺たちが背負うから」


その言葉にライナスが歩み寄り、無言のまま小さく頷いた。

出会いと別れは繰り返すもの―――だが、『父』と知ってからの時間はあまりにも短く、二人の目からは涙が溢れて止まらなかった。


「ああああっ……っ……!」


耐えきれぬ嗚咽が、静寂を切り裂いた。

エルクの声とライナスの震えに……その場にいた者たちがひとり、またひとりと目を潤ませていく。


最前列にいたマリアは、胸元で指を組んだまま唇を噛みしめ、イーネは祈りの姿のまま、はらはらと涙を零していた。


「こんなの……あんまりだよ……」


失われた命の重さが、人々の胸に落ちていく。

中心で泣き崩れるエルクとライナスの姿に、胸を打たれない者はいない。

喪失の痛みと受け継がれていくものの両方を抱きしめるようにして、全員が深く頭を垂れる。


その別れの時間を終わらせるように、静寂を破る鐘の音が鳴り響いた。


―――カアアアン………


教会の高塔から響くその音は、まるで天へと昇る祈りのように、聖堂の空気を包み込んでいく。

神官たちは棺のそばに歩み寄り、慎重に……まるで壊れ物を扱うようにロイドの棺を持ち上げた。

花がひとひら、揺れながら落ち、それに合わせるように再び鐘の音が鳴った。


―――カアアアン………


涙に濡れたままの眼差しで、エルクとライナスは出棺される様子を見つめる。

そして、二人は小さく唇を動かし、最後の……最期の言葉を囁いたのだった。


「……ありがとう……父さん」


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