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第十一章〜血に濡れた教会〜④

低く、絞り出すように呟いたベルゼブブの目は、攻撃の主を捉えていた。

その視線を追って一同が振り返ると、そこには―――クロスの姿があったのだ。


「なんでクロスが……」


エルクの声には、驚きと戸惑いがあった。

かつて仲間であったであろうクロスが、冷たい瞳でベルゼブブを睨んでいたのだ。


「俺を……利用しようとしていただけだろ」


ぼそりと吐き捨てるように言ったクロスの言葉に、ベルゼブブは肩を押さえながらくくくっと喉を鳴らして笑う。


「いい働きをしてくれたよ、クロス。おかげで計画は順調だったのに……。でも、裏切るのなら力は返してもらおう」


その言葉と同時に、虫たちが再び羽音をたて始めた。

だが、相手はクロスが増えたことで五人。

風と水の障壁にくわえ、クロスの影が揺らめいている。

エルクは剣を構え直し、ライナスもまた、ミョルニルを肩に担いだ。


「さすがに分が悪いですかね―――……」


ベルゼブブが小さく呟くと、虫たちはピタリと動きを止めた。

次の瞬間、彼の姿がすっと後方へと引いていき、廊下の闇に消えていったのだった。


「作戦は失敗。だが収穫はあった。……いずれ、また会おう」


その声だけが風に溶けるように残され、少しの沈黙ののち、エルクとライナスははっとして駆け出した。


「父さん……っ!」


虫の残骸を蹴散らして駆け寄ると、ロイドは仰向けのまま微かに息をしていた。

微かに上下している胸が、彼がまだ生きていることを示していたのだ。


「聞こえるか!?父さん……!!」


エルクが膝をつき呼びかけると、それに応えるようにロイドのまぶたがゆっくりと持ち上がった。

焦点の合わない瞳が、懸命にエルクとライナスを捉えようとしている。


「……エル…ク、ライ……ナ…ス……」


かすれた声が、断続的に名前を呼ぶ。

それだけで、兄弟の目に涙が滲んだ。


「大丈夫だ、すぐに治療を……!」


それに対して、ロイドはわずかに首を横に振った。


「すまなかった……放ったらかしにして……リーシャ…母さんのことも任せきりで……すまない…。守れない……情けない父親……だな……」


その言葉に、エルクは顔を歪めて叫ぶ。


「違う!そんなわけない!父さんは……教会でずっと俺たちを見ててくれたんだろ!?ライナスがあの姿で戻ってきたときも、疑わずに受け入れてくれたじゃないか……っ!」

「そうだ!俺たちを見守っててくれたんだろ!?だからこれからも……」


二人の言葉に、ロイドはほんの少しだけ口角を上げた。


「そう……か、ありがとう……これからは……お前たちがこの国を……教会を守る番だ……。任せたぞ……オーディン……も……」


それきり、ロイドの瞳は静かに閉じられた。

息が―――止まったのだ。


「―――ぁ……ああああああっ!!」


エルクの叫び声が廊下に響き、誰もが目を伏せた。

ライナスは震える手でロイドの胸に触れ、声も出せずに歯を噛みしめる。

そして、ただ首を横に振り続け―――


「嘘だ……っこんなの嘘だろ……っ!!」


何度呼びかけようとも、ロイドはもう……何も答えない。

血に濡れたその身体が、動くことはないのだ。


「……っ」


この光景を見ていたフィールは、唇を噛みしめ目を伏せて震えていた。

ベルも言葉を発せず、拳を握って立ち尽くしている。

クロスはただ一歩うしろに立ち、目を閉じたまま誰にも見せぬ表情で黙していた。


そこに―――マリアとイーネが教会員に付き添われて駆け寄ってきた。


「エルク……っ!」


マリアの声が廊下に響いた瞬間、エルクはゆっくりと顔を上げた。

その瞳は赤く潤み、まるで子どものように痛々しい。


マリアは数歩駆け寄ると、息を呑んで立ち止まった。

彼女の視線の先には、血に染まったロイドの身体があったのだ。


「うそ……そんな……」


マリアの喉が震え、声が掠れる。

イーネもまた、その手を口元に当て、目を見開いたまま言葉を失っていた。


「俺たちが……間に合ってたら……っ」


悔しさと無力さが入り混じったその声に、誰も何も言えなかった。

そんななか、マリアだけがゆっくりと近づき、そっとエルクの肩に手を添える。

エルクはそれに重ねるように手を乗せ、目を伏せて頷いた。

涙が頬を伝い、ぽた、と血に濡れた床に落ちていく。


その瞬間、東の窓から柔らかな朝の光が差し込んだ。

夜の終わりとともに訪れたその光は、死と悲しみの中に祈りのような静けさを与える。

それはまるで、ロイドの旅立ちを見送る光のように―――静かで温かいものだった。


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