第十一章〜血に濡れた教会〜②
「おや、やっと主役の登場ですか?待ちくたびれましたよ」
その声には、軽薄さと狂気がないまぜになったような響きがあった。
「……死んだんじゃなかったのか……!」
エルクが叫ぶと、マモンは肩をすくめて見せる。
「死んだフリなんて、使いどころが難しんですよ?まぁ、あんまり真剣に信じてくれるもんだから、しばらく黙ってたんですよ」
「……っざけんなよ……!!」
エルクとライナスが武器を構えると、マモンはくすりと笑う。
「まあまあ、怒らないでくださいよ。今日はそんなに派手な目的はありません。ただ―――」
マモンはゆっくりと首を傾げる。
その仕草はまるで獲物を値踏みする猛獣のようで、ぞっとするほど無感情だった。
「……その子を、いただきに来ただけです」
視線の先にいたのは―――マリアだ。
ペストマスク越しに、マリアの姿を捉えていた。
「っ……!」
マリアの肩がわずかに震え、フィールがすかさず前に出て彼女をかばった。
ベルも身を寄せ、マリアに指一本触れさせない気迫でマモンを見据える。
「……させると思うなよ」
エルクが唸るように言い放ち、レーヴァティンを構えなおす。
それに続くように、ライナスもミョルニルを肩に担いで隣に並んだ。
「―――あぁ、いいですねぇ。その目、その空気。……そして、その緊張感」
マモンは、うっとりとしたように手を広げ、床を滑るように踏み出した。
「じゃあ、いただきます―――!!」
その刹那、黒い羽根が炸裂した。
凶器となって四方八方へ舞い、エルクとライナスは身を翻して戦闘態勢へと移る。
フィールとベルは、マリアたちをかばいながら羽根を叩き落としていった。
「ベル、後方をお願い!」
「任せて!」
ベルは即座にウンディーネを召喚し、マリアとイーネの周囲に水の膜を張った。
それは攻撃を逸らす結界のように働き、さらに羽根の軌道に干渉するかのように、水の矢が次々と放たれる。
マモンは、それを愉快そうに見やりながら黒い羽根をもう一度繰り出した。
「ほら、もっと!もっと見せてくださいよ!」
黒い羽根を巻き上げながら、マモンは空中を跳躍する。
その動きを読むようにライナスがマモンへ向けて突進するが、彼は壁を蹴って天井に張りついてしまった。
すかさずエルクが大剣を振り下ろすものの、マモンはしなやかな動きで天井を滑りぬけ、羽根を散らしながら着地した。
「くっ……!こいつ……!」
エルクは重力で周囲の羽根を抑え込み、フィールドを確保する。
その隙に、ライナスが声を張った。
「兄貴、あいつの動き、やたらと『空間』を使ってる」
「!!……なるほどな。フィール!風で誘導できるか!?」
「任せて!」
フィールは、エルクの問いに即座に応えるように風を集め始めた。
マモンの動きに合わせるように鋭い風を旋回させ、その進路を塞いでいく。
だが―――
「それくらいの攻撃、こうすれば―――ね」
マモンは、ひらりと身を翻すと、羽根を巻き上げながら風の隙間をすり抜けた。
「ちっ……、どこまで逃げ回る気だ!」
ライナスが舌打ちしながらマモンの動きを目で追うなか、エルクは疑問に思っていることがあった。
それは、『なぜ、教会の中でも機密中の機密であるマリアを狙っているのか』ということだ。
マリアの存在を知っている者は限られている。
そのため、敵がこうも的確に彼女を狙ってこられたことに、強い違和感を抱いていたのだ。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「マリアには指一本触れさせねぇ!!」
エルクの声が部屋に響き渡った瞬間、フィールが風を集め始めた。
そして、マモンの進路を遮るように吹き荒らさせると、エルクが剣を携えて地を蹴る。
するとマモンは、羽根を巻き上げながら左右に跳ね回った。
「なるほどなるほど。―――しかし、このような攻撃、読めば躱せますねぇ!!」
羽根が軌跡を描くたびに部屋の空気が軋む。
床や壁を蹴るマモンは、フィールの風を避けているように見えた。
だが―――その動きはフィールによって計算されており、マモンは知らずのうちにある『箇所』へと誘導されていたのだ。
その場所を読み切っているエルクは、疾風の如く間合いを詰めて剣を高く掲げる。
「―――っらあぁぁっ!!」
「なっ……!?」
振り下ろされたレーヴァティンはマモンの頭部を捉え、豪打音とともにペストマスクが割れ落ちた。
すると、仮面の奥に隠されていた『顔』があわらになったのだ。
「ギィイ……ギィヤアハハハハ!!」
狂ったように笑うマモンの素顔は―――おぞましいものだった。
骨ばった嘴に干からびた皮膚。
空洞のような眼窩の奥で赤黒い光がぎらつき、それはまるで死を司る異形の鳥―――怪鳥の骸そのものだったのだ。
「殺ス……殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!!」
マモンは叫びながら再び羽根を四散させた。
黒く鋭利な羽根が弾丸のように飛び交い、空間が引き裂かれる。
が―――その乱撃の中を、ベルの水が割って入ってきたのだ。
「ウンディーネ……!お願い!」
ベルが手を掲げると空気中の水分が集まり、矢の形を模していく。
その矢は羽根のあいだを縫うように奔り抜け、マモンめがけて飛翔した。
「ギャッ……!?」
矢の軌道に、マモンは過敏なまでの反応を見せ、その身を大きく翻した。
その様子を見た一同は、同じことを考えた。
『マモンは水が苦手』なのかもしれない―――と。




