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第十章〜天使と悪魔〜②


その瞬間、室内の空気が凍りついた。


「……え?」


最初に声を漏らしたのは、ベルだった。

まるで何かの聞き間違いをしたかのように、ぽかんと目を見開いてロイドとマリアを交互に見つめている。

それはライナスも同じで、彼もまた二人を交互に見ていた。


「マリアが……天使のサマナー……?」


フィールは眉をひそめ、マリアを凝視する。

エルクはといえば、硬直したようにロイドを見据えていた。


「マリア……お前、ずっと黙って……?」


マリアの顔を見ることができないエルクは視線を下げ、床を見つめながらそう聞いた。

マリアが天使のサマナーである、そのことによって降りかかる危険のすべてを、瞬時に悟ったのだ。


「……うん」


マリアは小さく、けれど確かに頷いた。

その仕草はどこか幼く見えたが、同時に芯の通った強さを含んでいる。


「なんで……」

「ずっと……言わないようにしてた。こんな事件が起こるようになって、私が天使のサマナーだって知ったら……エルクたちは足を止めちゃうでしょ?」


声は、震えていなかった。

ただただ―――まっすぐエルクを見つめ、微笑を見せている。


「わかってる。次は……私が狙われる番」


その言葉に、エルクの肩が小さく震えた。

それでも顔を上げようとしない彼に、マリアはそっと続ける。


「だから……巻き込みたくなかったの。私のことで誰かが傷つくのは―――」

「バカか、お前は!」


静かだったエルクの声が、突然はっきりと空気を叩いた。

驚いたマリアが目を見開いたその瞬間、エルクは顔を上げる。


「エルク……」


彼の目は、怒っていた。

そして悲しんでいた―――必死だった。


「なんでそんなとこで一人で決めてんだよっ…。仲間だろ!?信じろよ……俺たちを!」


拳を握りしめ、言葉を絞り出す。


「俺を……信じろよ。全部背負おうとするなよ……俺は―――お前のこと、何があっても見捨てたりしねぇよ!!」


その言葉に、マリアの瞳がわずかに潤む。

けれども、彼女はその涙を零さなかった。

唇を噛みしめて、耐えたのだ。


「……ありがとう。でも、私は―――」


その瞬間、背後から伸びた手がそっとマリアの手を包んだ。

その手の持ち主は―――フィールだ。


「エルクだけじゃないよ?僕も……僕たちも全員マリアの味方だから」


それに続くようにして、ベルとライナスも力強く頷く。


「私たちもいるからね!マリア!」

「ったく……いちいち心配かけるやつらばっかで、こっちは気が休まらねぇっての」


そこにある確かな絆に、小さな笑いが室内に灯る。

それは、幾度も困難をともに乗り越えてきた者たちだけが持つ、信頼の証拠だった。

その様子を見ていたロイドは静かに目を閉じ、そして口を開いた。


「……ならば、覚悟して聞け。マリアを巡って、今後お前たちに託すべきことがある」


ロイドの言葉に、一同は改めて姿勢を正した。

彼の眼差しは真っ直ぐで、そこに迷いはない。


「マリアは『忍耐のアズラエル』の契約者だ。そして、その対となる大罪の悪魔の名は―――『憤怒のサタン』」


その名を聞いた瞬間、その場にいた全員が息を呑んだ。

そして、視線が自然とライナスへと向けられる。


「冗談だろ……?」


ライナス自身がもっとも困惑した声でそう呟いた。

だが、ロイドの表情は微動だにしない。

そのロイドの隣にいるバールもまた、目を伏せるようにして沈黙を保っていた。


「俺の『身体』の中にいる悪魔と、マリアの契約する天使が……『対』?」


ライナスの言葉に、ロイドは頷く。


「そうだ。つまり、マリアが―――確実に狙われる」


その言葉には、刃のような鋭さと重さを帯びていた。


「じゃあ……俺たちはこれからどうすれば―――」


エルクが問いかけると、バールが口を開く。


「崇拝教についての新たな情報が入るまでは、お前たちにはここに留まってもらおうと思う。マリアとイーネの護衛だ」

「護衛……」


ライナスが眉を寄せると、ロイドがこう言った。


「イーネもまた、天使と契約する者。マリアとともに、一番狙われやすい立場にあることは間違いない」

「なるほど……」


その言葉に、ベルは真剣な顔で頷いていた。


「私たちにできることがあるなら、全力でします!」


ベルの返答に、ロイドは小さく目を細める。


「助かる。そして……本来ならば、お前たちをこのような危険な任務に就けたくはなかった。だが、お前たちにしか任せられない。それほどに信頼している」


そして、ロイドに続くようにバールもまた、頭を下げた。


「本当にすまない。危険な状況に巻き込んでしまって……」


そんな二人の様子を見て、マリアとイーネは顔を見合わせた。

彼女たちは同じことを考えていたようで、声を揃えてこう答えたのだ。


「気にしないでください」


柔らかな微笑を浮かべる二人に、エルクたちの胸に灯る想いはひとつになる。


『絶対に守らなければ』―――と。


その後、執務室をあとにした六人は、無言のまま礼拝堂へと向かった。

誰も言葉にはしなかったが、それぞれの胸に新たな覚悟が宿っている。

そして、礼拝堂に着くとエルクがぽつりと呟いた。


「……ここなら、外よりずっと安心だな」


それにフィールが頷き、全体の流れを整理するように口を開いた。


「護衛の件だけど、マリアにはエルク。イーネにはライナスが就くのがいいと思うんだ」


二人が『神持ち』であることから、これが最善策だと判断したフィール。

その判断に、ベルは頷いた。


「それだったら、私とフィールが交代で周囲の警戒に当たろうよ」

「だね。教会内にいるというだけでも安全であることには違いない。それにくわえて僕たちができることを考えると、これがいいと思う」


二人の案に、誰も口を挟まなかった。

フィールの言う通り、中央教会は外部からの侵入や魔力干渉に対して極めて強固な防御を備えている。

少なくとも、教会の敷地内にいる限りは、そう簡単に脅威が入り込むことはないのだ。

だが―――油断は禁物だ。


「エルク、ライナス……しばらくよろしくね」

「任せとけって」


こうして始まった中央教会での静かな護衛の日々のなか、彼らはひとときの『穏やかな緊張』に包まれるのだった。


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