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第九章〜東部の傷跡〜④

夜の帳が降り、寄宿舎に戻った一行は、それぞれが部屋で身体を休めることにした。

ベッドに腰をかけるライナス、椅子に座って目を閉じるフィール―――

そんななか、エルクは窓辺で外を見つめながら、じっと思案にふけていた。


「なぁ……明日、本当に楽しんでいいのか?」


バレンシアのことやココル村のことなど、気になることは山ほどある。

だが、そんなエルクの問いに、ヴァンが服をきっちりとたたみながら呟いた。


「……今だからこそ、休むべきなんじゃないか?ずっと走り続けてきたんだろう?」


その言葉に続くよう、フィールもそっと目を開けて言う。


「そうだね。それに、これからのことを考えたら……立ち止まる時間も必要だと思う」


フィールの言葉は静かだったが、不思議と胸に響いた。

エルクは少しのあいだ目を伏せ、そして窓の外に目を向ける。

すると、夕闇のなかで街の灯がちらほらと見え、明日の祭りに向けた準備の気配が伝わってきたのだ。


「……そうだな。背負うものがあるのなら、それを一度置く時間も必要か」

「うん。……大丈夫だよ、その背中にある荷物が多くなっても、僕が引っ張るから」


にこりと笑ったフィールの顔に、エルクも思わず肩の力を抜いた。

そんな二人を見て、ライナスがひとつ伸びを見せる。


「じゃあ、土産をいっぱい買ってきてくれよ?俺は行けないからさ」


その見た目から『遠慮する』ということを選んだライナスに、フィールとヴァンはふと目を細めた。


「……わかったよ、後悔するくらい買ってきてあげる」

「両手に持ちきれないくらい……だな」


その言葉に、ライナスの顔もふっとほころんだ。

わずかながら緩んだ空気に、四人は年相応の表情をみせる―――その瞬間。


バァン!!と、勢いよく扉が開かれ、ベルが弾けるように飛び込んできたのだ。


「ライナスーっ!!お土産、何買ってくる!?甘いの三つは絶対でしょ!?あ、キッシュも捨てがたい……!揚げパイもいるよね!?ね!?」


キラキラした目を輝かせながらまくしたてるベルのテンションに、室内の三人は一瞬、ぽかんと口を開けた。


「ちょ……多くない!?」

「甘いの三つ!?三つもいるの!?」

「メインはひとつにしろ!!」

「おまっ……ノックくらいしろよ!!」


ライナスとフィール、ヴァン、エルクが一斉にツッコむものの、ベルはまったく気にせずに胸をどーんと張った。


「大丈夫!!私、効率よく回るの得意だから!!」


その勢いに、四人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。

これから先の不安は、まだ心のどこかに残っている。

けれど―――こうして笑い合える夜が、少しだけその重さを和らげてくれていたのだ。


「じゃあ、明日は楽しもう!」


エルクの一言に、皆が頷く。

そうして一日の疲れと明日への少しの期待を胸に、それぞれが眠りについた。

やがて夜は静けさを取り戻し、寄宿舎には規則正しい寝息がいくつも響く。


そして―――朝。

一同が目を覚ますと、窓の外はすでに賑やかな笛の音と、陽の光を反射する色とりどりの旗が揺れていた。

祭りの朝は少し早く、そしてずっと明るく始まっていたのだ。


エルクたちは各々身支度を整え、玄関前に集まる。


「よし、今日は久しぶりに―――遊び倒すぞー!!」

「おー!!」


四人は気合をいれ、街へと足を踏み出す。

その瞬間、エルクたちは一斉に目を見張った。


石畳の通りには花びらが撒かれ、両脇には色とりどりの布が天幕のように張られていたのだ。

空には五色のリボンが風に舞い、通りの先では太鼓の音がどん、と鳴っている。


「うわぁ……すごい……!」


この光景に、ベルは思わず口元を押さえて歓声を漏らした。

木製の屋台がずらりと並び、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

焼きキッシュや果実のタルト、揚げ菓子に蜜煮にしたナッツなど、どの屋台も行列ができており、陽気な売り子たちが声を張り上げていた。

なかには子どもたちに風船を配る道化や、即興の芝居を演じる旅芸人たちの姿もある。


「こっち、見て見て!あれ、ほら、ジャムの詰め放題だって!あっちは飴がある!」


ベルはフィールの袖を引っ張り、屋台に目を奪われていた。


「ちょ……全部試す気?胃袋が持たないよ……」

「あっ!!あっちのパイ、カスタードとベリー選べるって!!」

「え!?パイ!?ちょ……半分ずつだからね!?」


二人はエルクとヴァンを置いて、一足先に屋台に走っていく。

一方で、ヴァンはエルクの隣を歩きながら、少し照れくさそうに声をかけた。


「……俺、改めて思ったんだ……サマナーになりたいって。ちゃんと教会に所属して、いつかエルクみたいに―――人を守れるようになりたいって思ってる」


思ってもみなかったヴァンの告白に、エルクは驚いて足を止める。

その動きに合わせるように、ヴァンも立ち止まった。

そして、続けて


「……そう思えるようになるまで、時間がかかった。でも、バレンシアさんを見て、エルクの背中を見て……もう迷わなくなったんだ」


その決意のこもった眼差しに、エルクはふっと息を吐きながら頷いた。


「……そうか。ヴァン、お前ならきっとなれるよ」


そう言ってエルクはヴァンの頭を軽く撫でた。

不意の仕草にヴァンは目を丸くしたが、すぐに照れくさそうに笑う。


「やめろよっ……子ども扱いするな……っ!」


エルクがヴァンの成長に期待をしている一方で、フィールとベルはパイを片手に賑やかな広場の一角にあるステージ前で腰を下ろしていた。

そこでリュートを奏でて歌う、吟遊詩人の旋律に耳を傾けていたのだ。


「……いいなぁ、あんな風に楽しく歌えたら」


うらやましそうに見つめるベルの横顔を、フィールが見つめる。

そして、ベリーのパイをひとくち食べ、ステージに視線を戻した。


「ベルも……歌、好き?」


フィールが聞くと、彼女は小さく頷いた。


「うん。……昔ね、父さんが歌ってくれた歌があって……それを歌うと、どんな日でも元気になれたんだ」


その言葉を口にしたときのベルの表情は、柔らかく微笑んではいるもののどこか小さな痛みを抱えたような、小さな切なさを含んでいた。

金色の陽光が横顔を縁取り、頬にかかる髪が風に揺れる。

まるで―――過去の記憶にそっと触れながらも前を向こうとする、そんな眼差しだったのだ。


「私も……そんなふうに誰かを笑顔にできたらって……思う」


その言葉を聞いた瞬間、フィールは自身の胸がふっと熱くなるのを感じた。

なんでもない祭りのひとときに、たくさんの声や音が溢れるなかで、目の前のベルだけがやけにくっきりと見えるのだ。


(ベル……)


思わず名前を呼びそうになったフィールは、慌ててベリーのパイを口に運んだ。

甘いはずの味がなぜか少しだけ苦く感じるなか、ベルから目を離せない。


「き、きっとできるよ……っ……ベルなら……!」


必死に絞り出した言葉に、ベルはぱちりと瞬きをした。

そして、ふわりと笑い―――


「ありがとう、フィール」


と、頬を少し赤らめながら伝えたのだ。

二人の心に灯った小さな炎は、リュートの音とともに風に揺れていく。

祭りの喧騒のなかで、その一角だけが静かに揺らめくキャンドルのように、穏やかで温かい。


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