第九章〜東部の傷跡〜③
そして翌日の朝。
馬車に乗った五人は、まだ白い息が吐き出されるうちにココル村に足を踏み入れていた。
災害で荒れ果てた山道を踏みわけながら、足を進める。
「ここが……跡地…」
「まるで、雷と嵐が一緒に暴れたみたいだね……」
一同の前には、無残に崩れた家屋の残骸と、黒く焦げた地面が広がっていた。
山肌が崩れ、土砂が生々しく露出し、ところどころに巨大な水たまりができている。
「……見ろ、あれ」
そう言ってライナスが指さした先にあったのは、半ば埋もれるように建っていた石造りの小さな祠だった。
屋根は崩れ、祠の扉は激しく破壊されている。
「やっぱり……リーンズ村と同じ感じだな」
エルクはその祠に近づき、手を添えながらその崩れ具合を確かめた。
柱の根元には黒く焼け焦げた跡があり、祠の中には何かが祀られていた形跡が残っている。
そして、周囲には虫の死骸と獣の体毛が大量にあり、エルクとフィール、ライナスの脳裏に同じ光景が蘇る。
「間違いない、ここにも悪魔がいたんだ」
そのとき、一同はバレンシアが息を引き取った瞬間のことを思い出した。
遠くの空……東のほうでひと際大きな雷が鳴ったことを……。
「まさか……ウリエルの死が封印の鍵だったのか?」
「だとすると、ここで目覚めたのはウリエルを対とする悪魔ってことになるね」
エルクとフィールの会話に、ヴァンは唇を強く引き結んだ。
そして、土の上に散らばる体毛と虫の死骸を睨みつける。
「ってことは、崇拝教が……また封印を破ったってことだな」
ヴァンの声には、怒りが滲んでいた。
そんななか、エルクは祠の残骸に手を触れたまま、振り返る。
そして―――
「すぐに支部長に報告だ。この村……ココル村が壊滅したのは崇拝教の仕業だ。奴らはもっと大きな何かを、これから起こそうとしている」
五人は再び馬車に乗り込み、山道を引き返していった。
その背にある祠跡は、まるで何かを見送るように静かに佇んでいる。
もう何も祀られていないその場所は、かつて封じられていた何かの名残だけが、そこにあったのだった。
その後、五人がイースティアに戻ったのは日が傾き始めたころ。
山の向こうに太陽が沈みかけ、街の屋根や石畳が淡く朱に染まりつつあった。
街では忙しく人が行き来しているが、五人はその様子に目もくれずに教会東支部の執務室に向かう。
執務室では酒瓶がいくつか転がっていたが、ムジカの瞳には真剣な眼差しが宿っていた。
「……で、どうだった?」
ムジカの問いに、エルクが静かに語り出す。
ココル村跡地で見つけた祠の残骸や、散乱していた虫の死骸と獣の体毛のこと。
そして、ラインバーグでのバレンシアの死と同時刻に落ちた東の雷のことも、ひとつひとつ丁寧に報告したのだ。
その話をすべて聞き終えたムジカは、目を伏せて短く息を吐いた。
「……予想以上にまずいな。だが、確信も持てた。これは偶然ではなく、崇拝教が絡んでるのは間違いないな」
彼はそう言うと立ち上がり、背後の棚から封書を取り出した。
「この報告内容は、すぐに中央へ送る。対応が遅れれば、次はもっとでかい犠牲が出るかもしれん……」
その声には、支部長としての威厳が滲んでいた―――が、次の瞬間、ムジカはふっと肩の力を抜き、表情をやわらげた。
「―――と言っても、お前らも相当くたびれただろう。あとは大人に任せて、今日はもう休め。―――そうだ、明日はこの街で『エオス祭』がある」
「祭り……?」
フィールが目を丸くすると、ムジカは酒瓶を手に取った。
「あぁ、もともとこの東部ってのは荒れがちな土地でな。民の心を和ませるのも、俺の役目さ」
「支部長の……?」
これまでエルクたちが出会った支部の者たちは、基本的に戦闘要員だったり調査要員だったりと、祭りとは無縁のような人間ばかりだった。
『支部長』という役職の仕事といえば、前線の指揮官か報告と命令に従う堅物―――そんな印象すらあったのだ。
そんな彼らの常識を、ムジカは笑いながら豪快な笑みとともに軽々と飛び越えてきた。
「祭りってのは『生きててよかった』って思わせるためにあるんだ。……俺はそう信じてる」
そう言って笑うムジカは、ぐいっとひとくち、酒を口に流し込んだ。
その姿は豪快なただの酔っ払いに見えるものの、どこか頼もしさがある。
「命かけて踏ん張ってきたんだ。一日くらい羽根を伸ばしてこい」
こうして長いあいだ気を張り詰めてきた五人は、祭りの音が街に満ちるとき、それぞれの想いを胸に束の間の休息を迎えることとなったのだった。




