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第一章 〜人喰い商都〜③

「…グール…か」


エルクがつぶやくと同時に、影は形を成した。

それは人の形を模してはいるが、皮膚は溶け、骨と内臓が露出している。

腐臭を撒き散らし、明らかに二人を『見て』いたのだ。


「チッ……っ!」


現れたのは低級の悪霊―――『グール』。

その異常なまでの数に、エルクの動きが変わる。


彼は腰に手をやった。

だが、そこに『鞘』はない。

けれど、次の瞬間、空を斬るような手の動作に呼応するように空間がにじみ、黒く歪んだ。


「来い―――」


声と共に虚空から闇が伸びる。

すると、黒綱の大剣が出現したのだ。

まるで『見えない鞘から抜刀したかのように』、それは自然な動作だった。


「フィール!援護しろ!」

「うんっ……!風よ、集え!」


即座に戦闘態勢に入るものの、狭い室内に不気味な呻き声と風を呼ぶ音が重なる。


「ここでやるわけにいかない!市長を巻き込んじまう!」

「!! …わかった!」


二人は視線を交わすと、窓を開け放って飛び出した。

冷たい夜気と共に、街の闇が彼らを包み込んでいく―――。


背後から迫ってくるのはグールたちの唸り声と足音だ。

ぞろぞろと這い寄る姿に、まるで一つの意思があるかのように見えてくる。


「エルク!数が多すぎるんだけど!? 一体どれだけ湧いてるの!?」

「フィール、上から見ろ。どこかに術者がいるはずだ!」


エルクの言葉に、フィールはハッと気づいた。


「わかった!」


フィールが風を呼ぶと、小さな風の精霊たちがフィールの背に乗るように集まり、その体をふわりと空へ押し上げた。

そして、建物の屋根まで飛び、グールの群れを見渡す。


「……いた!」

「どこだ!?」

「宿の裏手!細い路地だよ!一人だけ動かずにこっちを見てる!」


エルクがそちらに視線を向けると、夜の闇の中に確かに『それ』がいた。

黒いフードに身を包んでいることから、姿は見えない。

しかし、その存在だけが異様な静けさを纏い、まるでこの混沌を眺めているようだったのだ。


(こいつが……『ネクロマンサー』か)


エルクは剣を構え、駆け出した。


「フィール!そっちに回り込め!」

「了解!」


風に乗って一気に距離を詰めるフィールと、地を蹴って走るエルク。

二人は左右から挟み込むように迫る。

―――だが


(…いない?)


さっきまで目で捉えていた場所に、影はなかったのだ。


「消えた…?」

「いや、『逃げた』な。痕跡があるから瞬間移動の類じゃない」


エルクは地面に目をやり、そこに残っていたかすかな踏み跡と泥の跳ねた方向を読み取った。


「グールの召喚は止まってない。…ってことは、まだこの辺にいる」

「でも見失っちゃったよ?どうする?」

「そうだな。…まずは戻ろう。市長が巻き込まれていたら厄介だ」


エルクの声に、フィールは頷いた。

そして、再び建物のほうへと走り出す。


「このグールたち、どうする?」

「放っておけ。術者をあぶり出さない限り湧き続ける。さっさと術者を仕留めるぞ」


そう言って市長宅に戻ったエルクとフィール。

しかし、半開きになっている外の扉を見て嫌な予感を感じた。


エルクは剣を抜き、足音を消しながら静かに中へ踏み込んでいく。


「市長…!無事か…!?」


声をかけると、リビングの奥からびしょ濡れのトムが姿を見せた。


「…はぁ、はぁ…お二人は…ご無事で……?」


額に汗をかき、息が荒いトム。

シャツは泥と血が混ざったような色が滲んでいた。


「―――っ!市長!大丈夫ですか…!?」


トムの姿を見たフィールが駆け寄ろうとしたとき、エルクが手で制した。

そして、低く鋭い声が喉から漏れる。


「…どこにいた?」

「え…?」

「俺たちが襲われていたとき、お前はどこにいたのかって聞いてんだよ」

「わ…私はっ…逃げてました……!音がして…そしたらグールたちが……!」


言葉を探すようにして話すトム。

小さく震える手は、恐怖を感じていた証拠だ。


しかし―――


「……ずいぶんと都合のいい生還じゃないか?なぜ、俺たちが出て行ったあと一人で戻ってきたんだ?」

「それは…ここしか戻れる場所が……」

「じゃあ聞くが、お前はいつ、あの影の正体が『グール』だと知った?」


その言葉に、トムの肩がビクッと跳ねた。


「俺たちは、『グール』とは言ってない」

「……」


返す言葉が見つからないのか、どう答えるのが正解なのかを迷っているのか、トムは口を開かなかった。


そんなトムの様子を見て。フィールがごくりと息を飲む。

そして、


「市長……?」


と、声をかけたそのとき―――トムはゆっくりと顔を上げた。

しかし、その表情はフィールが知ってる『優しいトムの表情』ではない。

笑顔は消え、唇の端が怪奇的にゆっくりとつり上がっていたのだ。


「…やっぱり、鋭いですね」

「――――っ!」


驚くフィールを横目に、トムは声色を変える。


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