第九章〜東部の傷跡〜①
ラインバーグでの激闘から数日後―――
エルクたちは、教会南支部へと戻っていた。
クロスの身柄を預ける手配や、バレンシアの件に関する正式な報告のためにも、一時集結する必要があったのだ。
執務室に集められた一同の前では、ジンが無言のまま重たい紙束を机に置く。
「また……血が流れてしまったな」
サマナーを失ってしまったこと、そのような事件がラインバーグで二度も起きてしまったことに目を伏せる。
バレンシアの最期の記憶は、まだ全員の胸に生々しく残っていた。
「お前たちはよくやった。だが……悔やんでも悔やみきれねぇな」
その言葉に、エルクは拳をぐっと握った。
もっとやれることがあったのではないかと、自分を責めたのだ。
しかし、失われた命が戻ってくることはない。
「だが……気を抜く暇はなさそうだ」
ジンが呟くと同時に、執務室の扉がノックされた。
「失礼します。中央より緊急通達が届いております」
入ってきた伝令が、一通の封書をジンに差し出す。
それを受け取った彼は、一瞬眉を寄せた。
「……東だ。東の山間部にある『ココル村』が―――壊滅した」
「なっ……!?」
「壊滅……!?」
「生存者はいない。村は―――突如として発生した洪水と暴風に襲われたらしい。詳細は不明だが、その発生時刻が……お前たちがラインバーグで交戦していた『そのとき』と重なるようだ」
一同は、信じられないというように目を見開いた。
それと同時に、ある推測が頭を過る。
それは―――『意図的に仕組まれた連動』の可能性があるということだ。
「……ウリエルを狙った者たちが、今度は別の地でも―――ということか」
そう呟いたエルクの瞳には、ラインバーグで失われた命を背負う者としての固い決意が宿っていた。
その直後、執務室の扉が再びノックされる。
「失礼します!中央から追加の命令書が届きました!」
淡々とした声とともに渡された封書を、ジンが開く。
「中央の判断だ。―――お前たちをイースティア経由でココル村へ派遣せよ、とある」
「俺たちが?」
エルクが問うように顔を上げると、ジンは力強く頷いた。
「あぁ、お前たちはいろいろと接触している。今、この地で最も現場に近い感覚を持つ人間だと判断されたのだろう」
その言葉に、エルクの視線は斜め下に落ちていたが、フィールとライナス、ヴァン、ベルがそっと肩に手を添えた。
仲間の温もりに、しっかり顔を上げて頷く。
「……わかった。行こう、ココル村へ」
「早急に汽車の手配をしよう。整い次第、すぐに出てくれ」
「はいっ!」
エルクたちは背筋を伸ばし、ジンに軽く頭を下げた。
そして、再び任務の旅路へと向かうべく、執務室をあとにする。
汽車の出発時刻までは、わずか数時間。
支部の協力もあり、装備を手早く済ませると最低限の補給をし、駅へと向かう。
その空はどんよりと雲に覆われ、灰色の風が吹いていた。
まるで……いつかのあの日と同じように。
「ココル村……か」
駅に向かいながらエルクが小さく呟くと、誰もがその言葉に耳を傾けた。
「そこで……何かが起きてる」
そう言いながらフィールが見上げる空は、ラインバーグにも繋がっている。
「また……誰かが犠牲になるかもしれない……」
かすれ声でベルが言ったその瞬間、風がひときわ強く吹いた。
灰色の雲が揺れ、空が不穏に鳴る。
「でも、今度は……止めてみせる」
ヴァンが静かに前を見据え、そう言い切った。
揺るがぬ意志に、ライナスも応える。
「これ以上……踏みにじらせるわけにはいかない」
重い空の下を、一行は歩み進める。
その背中には、過去の喪失と『運命』が、重なっていた。
白い蒸気を吐き出す汽車が視界に入ると、一同は足を止めた。
その車体は、まるで新たな『試練』を運ぶ舟のように、ホームの先に佇んでいる。
「……行こう」
迷う者は、いない。
皆が皆、無言の決意を胸に汽車へと乗り込んでいく。
そして、彼らの旅立ちを告げるように―――汽笛が灰色の空を突き抜けた。
窓の外を流れる風景は少しずつ変わり、空は灰色からわずかに朱を帯びていく。
雲間から差し込む夕陽は、山の稜線をやわらかに染めながら時の流れを示していた。
「……陽が傾いてきたな」
ライナスが呟くと、エルクが小さく頷く。
「じきに着く」
やがて車輪がレールを擦る音とともに、汽車は減速を始めた。
夕暮れの光を受けた石造りの街並みが、山影の合間から姿を現していく。
「……たまにはゆっくりしてみたいものだよね」
苦笑いしながらそう呟いたのは、フィールだった。
その横顔には、どこか懐かしさと哀しさが混じっている。
「調査が終わったら……飯屋巡りでもするか?いい匂いしてるとこ、結構あったし」
エルクが答えると、ライナスが首を傾げた。
「そんなとこあったのか?」
ぽかんとした顔で聞くライナスに、エルクが少し視線を落とす。
「……あぁ、そっか。お前、あのときいなかったもんな」
エルクは、ほんの一瞬だけ遠い記憶に目を細めた。
ライナスが攫われ、空腹も眠気も感じられずにいた時間を思い出し、ふっと笑う。
「うまいもん、いっぱい食おうぜ」
そう言いながら、エルクは拳でライナスの肩を軽く叩いた。
不意を突かれたライナスは、「いてっ」と言いながらも笑っている。
「さぁ、まずは教会の東支部に行くぞ」
エルクがそう言ったと同時に、車輪が軋む音が小さくなり始める。
視界の先には石造りのホームが見え、降車に備えてほかの乗客が荷物をまとめつつあった。
「僕たちも降りる準備をしよう」
フィールの言葉に、各々が準備をする。
そして汽車が駅に着き、扉が開くと同時に夕暮れの風がふわりと車内に吹き込んできたのだ。
柔らかい陽光が街並みを金色に染め上げるなか、イースティアの空の下で彼らの足音が―――再び響き始めるのだった。




