第八章〜惨劇の都〜⑥
その後、サウシアからの応援要請に応じて、南支部の部隊が現地に到着した。
先頭に立っていたのは、白髪混じりの髪を後ろに撫でつけている教会南支部長のジンだ。
彼は即座に状況を把握し、クロスの拘束と周辺の安全確保を指示していく。
「援護が遅れて、すまなかった……!」
瓦礫の残る庭先に踏み込んできたジンは、深く頭を下げた。
風貌は厳格そのものだが、その声には確かに誠意がこもっている。
「いや、来てくれただけで……」
エルクはそう応えながら、疲れの滲む表情でクロスを振り返った。
「この男が『影』の使い手か」
ジンはクロスに一瞥をくれると、部下たちに目配せをする。
「拘束しろ。手早く、丁寧にな」
部隊の数名が迅速に動き、クロスに念入りな拘束具を施していく。
すでに意識を取り戻していたクロスは、特段抵抗することもなく受け入れていた。
まるで、自分の役目が終わったかのように―――。
「……それと、一つ報告があります」
フィールが顔を上げ、短く告げる。
「マモン……もう一人いたペストマスクの男の遺体が、消えました」
その言葉に、ジンの眉がピクリと動く。
「……消えた?」
「はい。周囲を確認したんですけど、痕跡も残ってませんでした。おそらく、回収されたか―――」
重苦しい空気が、一層深まるのを皆が感じる。
「……厄介だな」
ジンは、低く呟いた。
「それで、ここの住民は―――」
ジンの言葉に、ベルは顔を伏せ、フィールは無言で首を振った。
そして、彼らの背後を、担架に乗せられたバレンシアの亡骸が静かに通り過ぎていく。
「そうか……」
ジンはわずかに目を伏せ、黙とうを捧げた。
その沈黙は深く、そして重たい。
やがて彼は静かに顔を上げ、静かにこう話した。
「この地で起きたすべては、上にも報告される。お前たちも休息を取るといい。……話はそのあとにしよう」
ジンは、彼なりの配慮をエルクたちに向けたのだろう。
だが―――
「いや。今、話させてくれ」
エルクは絞り出すようにそう言った。
その声は疲労に満ちていたが、それ以上に深い決意がある。
「……いいだろう」
エルクたちは手当てを受けながら、これまでのことをジンに説明していった。
中央教会からの指令でラインバーグにやってきたことや、そこでバレンシアと出会った経緯、そして彼女の命が失われるまでを、言葉を選ばずに伝える。
「……そうか」
ジンは黙って聞いていた。
途中で何度か目を伏せる場面もあったが、決して遮ることはなかった。
「彼女の死は……大きい。中央も、これを聞けば大きく動くことになるだろう。お前たちの働きは、無駄にはならない」
その言葉に、誰も返事をしなかった。
ただ、それぞれの胸のなかに、静かに落ちるものがある。
「……こいつからは、何か聞き出したのか?」
ジンは、拘束されたクロスに目をやった。
「いや、これからだ」
エルクはクロスの前へと歩み寄り、鋭い視線で見下ろす。
「……お前は何者だ?何のためにこの街を襲った?そして―――なぜ俺たちの故郷を狙った?」
その問いに、クロスはしばらくエルクを見返していた。
その表情は、どこか乾いたような虚ろさと微かな迷いがある。
「……俺も知らない」
「は……?」
次の瞬間、エルクは肩を震わせ、拳を握りしめた。
怒りのあまり、クロスの胸ぐらを掴みかかる。
「なにが……『知らない』だとッ!?ふざけるな!!」
だが、その拳が振り下ろされる前に、ジンがあいだに入ってその腕を掴んだ。
「やめろ。感情をぶつけても情報は出てこない」
「ッ……!チッ……!」
エルクは息を詰まらせ、そのまま拳をほどく。
そんなエルクをじっと見ながら、クロスはこう続けた。
「俺は……拾われた身だ。お前の故郷が襲われたとき、俺はまだ『そこ』にすらいなかった」
言葉は平たんだったが、嘘を吐いているようにも見えない。
まるで、『真実を知りたいのは自分自身』だとでも言いたげに見える。
「なら……なぜ戦った?なぜあのとき俺たちを―――」
そこまで言いかけたとき、エルクはふと思い出した。
エルクとライナスの故郷、リーンズ村での交戦で、クロスの剣がわずかに鈍ったことを。
「……あのとき、迷っただろ」
しかし、クロスは答えなかった。
視線を逸らし、静かに瞬きを繰り返している。
エルクは拳をぐっと握りしめ、もう一度……問いかけるように声を低く落とす。
「……なんでだ」
その問いに、クロスの唇がようやく動く。
「……俺も、帰る場所がない。家族も……名前もわからない。たた、生きるために力を使ってきた。それだけだ」
その声は低く、どこか乾いてもいた。
「スラムで拾われて……食うために殴って、命のために殺してきた。『誰か』に声をかけられて、影を使えるようになった」
「『誰か』?」
エルクが眉をひそめると、クロスはうっすらと笑った。
まるで―――自分自身をあざ笑うかのように……。
「名前なんて知らない。ただ力をくれただけだ。お前らと同じくらい強い奴らが、俺に道を示したんだ。……でも、気づいた。その道に―――先はない」
彼の視線は、床の一点を捉えて離れなかった。
それは、過去のどこか―――暗い記憶の中に引きずられているかのように見える。
「組織の命令で、ただ与えられた任務をこなしてきた。やるしかなかった。……自分を殺すために生きてたようなものだ」
その言葉に、エルクたちは何も言えなかった。
怒りも、否定も、哀れみも―――どの感情を向ければいいのか、わからなかったのだ。
「でも、お前は迷った。リーンズ村で、俺たちを殺せなかった」
エルクが静かに言うと、クロスはゆっくりと顔を上げる。
「……あのとき、俺は―――お前に自分を重ねてたんだ。お前はあのとき―――『帰る場所を奪われた』って言った。その言葉を聞いたとき、頭の中がぐちゃぐちゃになった」
そしてクロスは、まっすぐにエルクを見据える。
「マモンに言われて、また来た。命令だった。……でも、今回は殺されてもいいって思ってた。どこかで……終わりにしてほしかったんだと思う」
その言葉に、周囲に沈黙が落ちた。
その静けさは、痛みの余韻のように重たく、誰も言葉を挟めそうにない。
やがて、その沈黙を破ったのはライナスだった。
「……だからか。お前、全然本気じゃなかっただろ。ベルやヴァンの攻撃も……まともに避けてなかったな」
クロスは答えず、小さく息を吐いた。
肯定の代わりに、虚ろな目がすべてを物語っている。
すると、ずっと黙って聞いていたジンが口を開いた。
「殺されたいなら、ここに来るべきじゃなかったな」
低く、確かな声でそう言ったジンは、まっすぐにクロスを見下ろした。
「君に抵抗の意志がないのなら、崇拝教を追うための重要な手がかかりとなる。簡単に殺させるわけにいかない。それに―――」
「?」
「本当に人を殺したことに迷いがあったのなら―――生きて償え。すべてを話し、罪を認めて初めて『終わり』を語れるんだ」
クロスは、しばらく黙っていた。
何か思うところがあるのか、また床の一点を見つめている。
だが、やがてぽつりと、まるで自分に言い聞かせるようにこう呟いたのだ。
「……あぁ、そうか」
その目に、涙はなかった。
けれど、ほんのわずかに滲んだ光があったのを、誰もが見ていたのだ。
クロスはその後、サウシア南支部での勾留を経て中央教会へと護送されることとなる。
そこで崇拝教の正体と、彼に力を与えた『誰か』の名を、探ることになるのだ。




