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第八章〜惨劇の都〜④

エルクとヴァンは即座に反応し、バレンシアの前に立つ。


「外に何かいる!!」


フィールが声を張ると同時に、室内へと滑り込んでくる黒い二つの影があった。

ひとつはエルクたちにとってすでに因縁深い存在―――影を纏う男、クロス。

そして、もうひとつはくすんだ黒のローブを身にまとい、その顔を鳥の嘴を思わせる奇怪なペストマスクで覆う男だ。


「私は強欲の大罪『マモン』。……あなたをいただきに参りました―――純潔のサマナー殿」

「っ……!」

「逃げて!!バレンシアさん!!」


ベルとフィールは立ち上がり、彼女を庇うように前へ出る。

そして、彼女を逃がそうと窓の外に目を向けると、そこに無数のグールの姿があったのだ。

逃がすことのできない状態に、彼らは歯を噛みしめる。


「チッ……!」


エルクは腰元に手をあて、空間から剣を引き抜いた。

同じくしてフィール、ライナス、ヴァンも武器を構える。


すると、ペストマスクの男―――マモンが礼儀正しく頭を下げたのだ。


「レヴィアタンの件では、お世話になりました」


そして、彼はゆっくりとローブを広げる。

次の瞬間―――


「では、お返しといこうか」


そう言うと、無数の黒い羽根がローブから舞い上がり、刃のように五人に襲いかかったのだ。


「来るぞ!!」


エルクが叫び、剣で羽根を弾く。

フィールはバレンシアを背に隠すように、鉤爪で羽根を裂いた。

ヴァンも銃を素早く構えて次々と撃ち落とし、ライナスもまた、雷を纏わせたミョルニルで振り払う。


だがその隙―――影が床に広がり、不自然なほど静かに蠢き始めた。


「―――っ!クロス……ッ!」


エルクが気づいたときにはすでに遅く、影はまるで蛇のようにバレンシアの足元へ迫っていたのだ。


「ダメッ!!」


ベルの叫び声が響いたその瞬間、彼女の両手に蒼い光が宿り、水がまるで彼女に応えるように集まった。

周囲に満ちる湿気が一気に凝縮し、空気が震える。


「……ウンディーネ、お願いっ!」


その叫びと同時に水が爆ぜるようにほとばしり、床を這う影に向けて一直線に放たれた。

水流はまるで意思を持った獣のように唸りを上げながら、影を叩く。


「……っ!」


思いがけない攻撃を受けた影はひるみ、バレンシアの足元から一瞬で剝がされた。


「この街は『水の商都』。あなたの影なんて届かせないんだから!」


ベルの瞳はまっすぐにクロスを捉えていた。

バレンシアの前に立ちはだかる彼女の背後で、水が盾のように渦を巻く。


「ベル!そっちは任せたからな!!」


そう叫ぶと、エルクは大剣を握り直し、マモンへと一直線に駆け出した。


「ロキ、来い!!」


エルクが叫んだその瞬間、空間がピキッとひび割れ、そこから黒雷の稲妻が奔った。


「……やっと呼んでくれたのかい?まったく、焦らせるねぇ」


ひび割れた闇の狭間から、漆黒のローブを纏った男が顔を出す。

その瞳に宿すのは、どこか愉快げな光だ。


「ロキ!あいつを抑えろ!!」

「はいはい」


ロキは指先を宙に舞わせ、くるりと一回転させた。

その瞬間、空間が軋むような音をたて、足元から黒い重力波が広がる。


「くらえええええッ!!」


エルクは大剣を大きく振りかぶり、鋭い一閃を放つ。

その刃は風を裂いて唸り、マモンの胴へと狙いを定めるが―――


「おやおや、焦りは命取りですよ?」


マモンはふわりと後方へ身を振り、滑るように攻撃を回避した。

そして、ローブの下から再び黒い羽根を舞い上がらせる。

次の瞬間、数えきれないほどの羽根が弧を描きながらエルクに殺到したのだ。


「っ―――!!」


エルクは咄嗟に剣を構えて防御姿勢を取った。

羽根が剣に当たると、弾ける音とともに火花が飛び散り、彼の足元が滑りそうになる。


「チッ……!こいつ……ロキの重力をくらっててこんなに動けるのか……!?」


場に満ちる殺気のなか、マモンは飄々とした態度を崩さない。

いや、それどころか楽し気な声でこう語り始めたのだ。


「ふふ……こうしていると、あのときのことを思い出しますねぇ……いやぁ、ここでのアレは本当に愉快でした」

「は……?」

「アレですよ、アレ。ほら、『市長の暴走劇』。……あの男の名は―――トム、でしたかね」


マモンはくつくつと喉を鳴らしながら、まるで旧友との思い出を語るように軽やかに続けた。


「人間と言うのは実に単純だ。ちょっと言葉を吹き込んでやるだけで、あんなにも滑稽に踊ってくれるんですから」

「……てめぇ……!」


マモンの言葉に、エルクの手が震える。

剣を握る指には力が入り、血の気が引いていくのが自分でもわかるほどだった。

あのときの叫びや血の臭い―――すべてが脳裏に蘇る。


「彼の中にあった小さな絶望の芽を、少し手伝ってあげただけなんですけどねぇ……。『誰かに死なれ、誰かに見捨てられ、誰かに笑われている』―――そう思い込ませてあげれば、人間は自ら地獄に身を投じるんですよ」


その口調は、まるで芸術家が自作を語るようで、悪意の色が一切感じられなかった。

それが却って、恐ろしくさえある。


「ふざけんなッ……!」


エルクは怒声とともに地を蹴り、風を切って剣を振るった。

マモンはローブを翻しながらその攻撃をかわすと、くるりと舞うように距離を取る。


「おっと、怖い怖い」


マモンは、眉ひとつ動かさず黒い羽根をひらりと散らす。

口元に笑みを浮かべながら足元にかかる重力をいなすマモンの姿は、まるで舞うように滑らかだった。


「くそっ……!」


エルクはマモンの様子に歯を食いしばった。

だが、ロキは涼しげに方眉を上げ―――


「ずいぶん余裕じゃないか。なら―――もう一段、深く沈んでもらおうか」


と、笑みをこぼしながら再び指で弧を描いたのだ。

すると、足元の空間がずしんと沈むような感覚が周囲を襲う。

そして、空気中にぴしぴしと亀裂が入るような重圧が満ちていき―――


「ッ……ぬう……!」


マモンは重圧の影響からか、肩をわずかに下げた。

そして、マモンが間合いを取ったとき―――部屋の空気が一変した。

まるで空気そのものが震え始めたかのように、周囲が淡く輝き出したのだ。

それは静かに……しかし確かに場の支配権を変える『何か』だった。


まばゆい光が室内を包んでいき、その中心にいるのは―――バレンシア。

彼女は、純潔の天使ウリエルの力を放ったのだ。


「今よ……!」


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