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第一章 〜人喰い商都〜②

ある夜に、突然妻子が姿を消したというトム。

部屋には異常がなく、争った形跡もなかったそうだ。

しかし―――


「床に…床に血が滲んでいたんです」


言葉を選ぶように話すトム。

そして、思い出すように紡ぎだした。


「すぐに兵を動かし、街の中を探させました。しかし、数日後に湖畔の森で……もう息をすることのない二人が見つかったんです。その姿は……信じられないほど無残で……」


言葉を詰まらせるトムは、時おり涙ぐむような仕草を見せる。


「そのあとです、街の観光客たちが次々に姿を消し始めたのは。…最初は単なる事故かと思っていました。しかし―――」

「おかしな遺体が見つかった…と?」

「……おっしゃる通りです。白骨化した遺体が見つかるようになって…街の雰囲気は変わっていきました」


エルクとフィールは、最初にこの街を見たときの印象を思い出していた。

かつては栄えていたであろう面影が残るものの、時が止まっているかのような雰囲気が、街全体に漂っていたのだ。


「それでもまだ…表向きには『観光地』としての看板を外せなかったんです。いつかまた…あの頃のようなときに戻れるような気がして……」


フィールは何か言葉をかけようとしたが、何も言えずにつぐんだ。

しかし、エルクは違う。


「だが、街の高齢者が犠牲になってるじゃないか。それなのに『観光地として続けたかった』?ふざけるな」

「私はただ……この街を守りたかった……それだけだったのです」


その言葉の重みは、市長本人がよくわかっているものだ。

だが、エルクは釈然としない『何か』が胸の奥に引っ掛かっていた。


そんななか、フィールがそっと声を発した。


「……大変でしたね、市長。辛い記憶まで話していただいて、ありがとうございます」


彼の言葉は、その気持ちに同調するかのような静かな共感に満ちていた。

トムは一瞬だけ目を伏せ、何かを堪えるように微笑む。


「ありがとう…ございます」


トムの微笑みはどこまでも穏やかだった。

だが、エルクの胸の内ではひとつの違和感が広がっている。


(―――何かがおかしい)


言葉や態度に嘘はないだろう。

むしろ、誠実さえ感じられるトムの様子に、同情や感心といった気持ちが沸きあがるのが普通だ。

けれど、瞳の奥に微かに揺れている気がし、先ほど感じた視線も拭えなかった。


まるで絹の手触りのなかに混じる、一本の針だ。


「…おや、ずいぶん長く話してしまいましたね」


トムが時計を見ながらそう言った。

二人が窓の外に視線を送ると、いつの間にか日は落ちて暗くなってしまっている。

幸いにも雨は細く、外を歩いてもあまり濡れそうにない。


「遅くまで申し訳ありません。我々はこれで……」


フィールはそう言って立ち上がろうとした。


「夜に出歩くのはおすすめできません。よければ今夜はこちらに泊ってください。部屋が空いていますので…」


その言葉に、エルクが即座に口を開く。


「いいのか?」

「えぇ、街のために来てくださったお二人ですから。せめてものお礼です」


快く泊ることをすすめてくれたトムに、フィールは「お言葉に甘えさせていただきます」と頭を下げた。

もちろんエルクも同意だ。


(ま、気のせいじゃなければいいがな―――)


その後、客間に案内された二人は木の香りが漂うなかで寝る準備を整えていた。

ベッドはひとつずつ用意されており、窓の外には街灯の明かりがぼんやりと見える。


「今日はいろいろあったね」


布団に入ったフィールがぽつりとつぶやき、ごろんと横を向いた。


「ねぇ、エルク」

「どうした?」

「市長さ、優しそうな人だったよね」

「まぁ…そうだな」

「家族を失ったっていうのに、それでもあんなふうに人に接するなんて、普通はできないよ。やっぱり『市長』っていう肩書が強くさせてるのかな」


エルクはベッドの縁に腰をかけたまま、まだ靴も脱いでいなかった。

フィールとの会話を軽く流しながら、まぶたの裏にこびりついた違和感を思い返していたのだ。


「なぁ、フィール」

「ん?なぁに?」

「この家、何か感じなかったか?」

「え?『何か』って?」


フィールは少し考えるように目を開いた。

そして天井を見つめながら考えるものの、


「…ちょっと変な匂いがしたような気もしたけど…でも気のせいじゃない?僕たち緊張してると思うし」


初めて来る街は誰だって緊張するもの。

そのせいで過敏になってるのだと思ったフィールに対し、エルクは


「……そうかもな」


とだけ答えた。

そして、それ以上は何も言わずに靴を脱ぎ、ベッドに体を横たえる。

だが、目だけは閉じることができなかった。


そのとき―――


―――ぎ……ぎぃ…


部屋の床がわずかにきしむ音が聞こえたのだ。


(風…か?)


エルクはじっと耳を澄ます。

しかし、それは一度では終わらなかった。


―――ぎ…ぎぃ……ざ…ざざっ……っ……


まるで、何か小さなものが床を這いずるような湿った音が耳を打つ。


(これは……)


咄嗟に跳ね起きたエルクは、すぐにフィールの肩を叩いた。


「フィール、起きろ。何か…いる」

「……え?ちょ…ちょっと……」


眠そうな目をこすりながら体を起こすフィール。

その瞬間、部屋の空気が変わったのを感じた。


ざざっ……ざざざ……


足元を這うような無数の黒い影―――

窓から差し込む月明かりがその正体を照らし出す。


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