第七章 〜雪国の天使〜②
「お前がボスか?」
男の雰囲気をもろともしないエルクは、デッキにある柵に片足を乗せ、腰元に手をあてる。
その様子に、男はふんっと鼻を鳴らし、ニヤッと笑って見せた。
「おぅよ。名乗るほどの名は持ち合わせちゃいねーが、『神器』だけ渡してもらおうか」
「―――やっぱり、それが狙いか」
エルクは腰を少し落とし、手をあてた腰元から大剣『レーヴァティン』を取り出した。
「ロキ、来い!」
その声とともにエルクの背後の空間がひび割れ、黒い稲妻のような光が奔った。
闇の裂け目が開き、漆黒のローブに身を包んだロキが現れて楽し気に微笑を浮かべる。
「おや、これまたたくさんの……山賊?インプもいるじゃないか」
「感想はいい!押さえつけろ!!」
「……ったく、久しぶりに出てきたってのに人使いが荒いんだから」
ロキはぼやきながらも指先を宙に舞わせた。
その途端、山賊たちめがけて黒い重力の波が押し寄せていったのだ。
「なっ……!?」
空間がうねり、汽車近くにいた山賊とインプは一斉に地面へと押し付けられる。
身体を地に縫い止められた彼らは、悲鳴を上げる間もなく、動けなくなった。
「て、てめぇ!何をっ…!」
ボスが驚愕の目を見開き、慌てて数歩後退する。
だが、その口元は口角を上げるように歪んでいた。
「へっ……へへっ、やるじゃねぇか。…だがな!!」
男は唾を吐き捨てるように笑うと、空を睨み上げてこう叫んだ。
「出てこい―――『ヴァレファール』!!」
その名が響いた刹那、空気が裂けるような音が周囲に響く。
地面に黒い染みが滲むように広がり、そこから影のような瘴気が噴き上がった。
そして、その中心から一対の異形の悪魔が姿を現す。
「またお前か……!」
「おや?あのときの獅子くんじゃないか」
ロキはヴァレファールを冷めた目で見下ろし、エルクは微かに口元を吊り上げる。
しかし、エルクとロキを見たヴァレファールはピクリと反応し、怯えたようにあとずさったのだ。
「……っあ、あいつ……ルーンで俺をォ……」
港町ルーンでの敗北の記憶が蘇ったのか、ヴァレファールの膝がわずかに折れる。
その様子を見たエルクは、剣を手にひとつ息を吐いて言った。
「お前に二度目はない」
その言葉と同時に、ロキが指先を宙に舞わせる。
逃げ場のない威圧に、ヴァレファールの口からは呻くような声が漏れた。
「お、おいヴァレファール!?何やってやがる!?こいつら相手にビビッてんのか!?」
だが、ヴァレファールは答えない―――いや、答えられなかった。
冷たい汗が背中に伝い、動くことすらできないのだ。
仲間たちはロキの重力で動けず、召喚した悪魔も同じ始末。
その様子に、山賊のボスは膝をつき―――
「わ、悪かった!神器も荷物もいらねぇ!だから…命だけは!!」
と、震えた声で懇願し始めたのだ。
エルクはその姿を見下ろし、声を落として問う。
「……誰に頼まれた?目的は?」
その瞬間、ボスはビクリと肩を揺らす。
「し、知らねぇよ名前なんて……でも、『崇拝教』って言ってた!黒いローブを着た連中だ!悪魔と契約しているとかなんとか言って……か、金を積んできたんだ!」
「そいつらになんて言われた?」
「汽車に積まれてる『北風の神ボレアス』の神器を奪ってこいって……あれを悪魔に捧げれば、そいつが味方になってくれて、俺たちは一生遊んで暮らせるって……!」
「……神器を、悪魔への供物として捧げると聞いたのか?」
エルクの問いに、ボスは何度も頷いた。
「そ、そうだよ!そうすりゃ、悪魔が喜んで力を貸してくれるって……」
エルクはしばらく黙ってボスを見つめていたが、やがてふっと目を細めた。
「なるほどな……」
そう一言だけ漏らすと、背後から駆けつけてきた教会北支部駐屯地の教会員に視線を送る。
「こいつらを頼む。全部しゃべるだろう」
「了解です」
教会員たちはボスたちを取り囲み、その場から連行していく。
エルクは剣を収め、ロキを虚空へと返すと静かに汽車へと戻った。
すると、汽車の中ではフィールとライナスが呆れ顔で待っていたのだ。
「もー……」
「少しは黙って待ってるってこと覚えようか、兄貴」
二人の言葉に、エルクは肩をすくめて苦笑する。
「放っておいたら神器が盗まれてたかもしれねーだろ」
「それはそうだけどさぁー……せめて一言くらい言ってよね。どれだけヒヤヒヤしたか……」
「いくらなんでも、単独行動がすぎるって」
エルクは二人に責められ、素直に頭を下げた。
「……すまん。でも収穫はあった。『神器を悪魔に捧げる』―――そういう儀式が崇拝教の目的だとすれば……」
「……神器は封印を破るための供物ってこと?」
「そう考えたら、さっきの話……ルーンでの神器盗難も全部繋がるんじゃね?」
三人は一同に頷く。
だが――――――
「いや、ラインバーグだけは繋がらねぇな。あれは何の神器も関係してない」
「違う形の実験……とか?」
「別ルートでの封印崩壊かもしれねぇな」
考えれば考えるほど深まる謎に、三人はしばし黙り込んだ。
その思索の時間を破るのは、汽車の車輪の振動―――
窓の外を雪が流れ、遠くに白い街の姿が見え始めたのだ。
「……ノーディルだ」
フィールが静かに呟いた。
この街に―――『人徳のラミエル』と契約をするサマナーがいる。
汽車の隙間から吹き込む冷たい風が、彼らを次の戦いへと導くのだった。




