第七章 〜雪国の天使〜①
アースヘルムへと戻った一行は、束の間の休息を取る暇もなく中央教会の奥にある執務室へと呼び出されていた。
集まったのは教皇ロイドと枢機卿の四人、それとエルク、フィール、ライナスの八人だ。
「さて、状況を整理しよう」
ロイドはリーンズ村で起きた一連の出来事を語り始める。
クロスによる分身での襲撃やルシファーの顕現、そして、ルシファーがクロスを『依り代』として抱え込み、姿を消したことを。
「……ルシファーか」
重々しい声で呟いたのは、バールだった。
腕を組み、椅子に深く体を預けながらも鋭い視線がエルクたちに注がれている。
「無茶しやがって……」
バールの声には、どこか呆れがあった。
しかし、眼差しには心配と安堵が滲んでいる。
そんな様子を見るオリヴィアも、眉をひそめながら
「本当に、よく無事で帰ってきたわ……もう少し自分を大事にしてほしいんだけど……」
と、呟く。
重たい空気のなか、エルクはそんな二人に頭を下げた。
「ごめん…まさかあんなことになるなんて思ってもみなくて……」
重苦しい空気が部屋を満たすなか、枢機卿のひとりであるハイントスマンが静かに口を開いた。
年季の入った指で顎鬚を撫でながら、低く落ち着いた声が執務室に響く。
「然らば、エルクたちには北支部への派遣を?」
その言葉に、ロイドが反応する。
「そうだ。北の都市『ノーディル』には人徳のラミエルと契約をしているサマナーが暮らしている。エルクとフィール、ライナスは、まず北支部の支部長に会いに行ってくれ」
エルクたちが頷くと、ロイドは枢機卿たちに視線を送った。
「慈善のミカエルについては、枢機卿直属の中央教団員が保護に向かう」
「お任せください」
エルクは立ち上がると、背筋を伸ばし、まっすぐにロイドを見据える。
「必ず……見つけ出して保護してくる」
「任せたからな」
エルクの言葉には、前へ進もうとする意志が込められていた。
フィールもその隣でしっかりと頷き、ライナスもまた、力強く拳を握る。
「……サマナーが狙われるなら、俺たちが守る。俺たちが―――同じ痛みを知ってるから」
その言葉に、バールとオリヴィアがふっと目を細める。
「ほんと強くなったわね……」
「だな。―――行ってこい。吹雪でも嵐でも、進むのをやめるな」
「はい!!」
こうして新たな任務を帯びたエルクたちは、雪に閉ざされた北の地、ノーディルへと旅立つこととなった。
寒冷地に向けて各々準備を進めるなか、エルクはひとり、教会の廊下を歩く。
行き先は――――――礼拝堂だ。
(……いた)
人影がまばらな礼拝堂の中で、エルクはある少女に視線を合わせていた。
淡い光がステンドグラスを透かして揺れ、祭壇の前にはその少女―――マリアの姿がある。その背にそっと……エルクは近づいていく。
「……来た」
マリアは、その一言とともに振り返る。
その頬には―――うっすらと涙のあとが滲んでいた。
「来てくれると思ってた。……でも、ほんとは―――来てほしくなかった」
「……なんでだよ」
「だって……エルクがここに来るときは、いつも……旅に出るときだから…」
エルクは黙ったまま立ち尽くした。
しかし、マリアの視線がまっすぐに彼の胸を射抜き―――
「前よりも…傷が増えてる。また戦ったりしたんでしょ」
「そりゃあ……まぁ…」
「もう戻ってこないんじゃないかって、怖くてたまらないのよ……?」
マリアの声は、震えていた。
それを必死に抑えようとするマリアの手が、小さく握りしめられている。
「俺は……ちゃんと帰ってくる」
「ほんとに…?約束できる……?嘘、ついたら許さないんだから」
「嘘なんてつかねぇよ」
エルクはそう言って、そっと彼女の手に自分の手を重ねた。
その手は少し冷たく、でも確かに強さを帯びている。
「……待っててくれ」
重ねた手を放し、エルクはくるりと背を向けた。
その背中に、マリアの小さな声が追いかける。
「……エルク、気をつけて……ね」
エルクは振り返らず、ただ片手を軽く挙げて応えた。
会話の余韻が礼拝堂の空気に溶けるなか、マリアは動かないままその背を目で追ったのだった。
そして翌日―――また新たな旅が始まる。
教会の正門前で、エルクとフィール、ライナスは荷を背負い、駅へと足を向けた。
目指すは氷雪の街―――ノーディル。
汽車が動き出すと窓の外の景色が流れ始め、車輪の音が車内に響き出す。
三人は向かい合わせの席に腰掛け、それぞれの思考に没頭していた。
そんななか、最初に口を開いたのはエルクだった。
「なぁ」
フィールとライナスが彼に視線を向けると、エルクはじっと一点を見つめたままこう話し始めた。
「ラインバーグの件とルーンでの神器盗難、どっちも崇拝教が絡んでるって話だが……繋がらないと思わないか?」
その言葉にライナスが首を傾げる。
「『繋がらない』って?」
「そもそも、何のために神器が狙われたんだ?ラインバーグの事件も、『封印』の影響だけなのか?」
エルクの言葉には、かすかな苛立ちと不安が滲んでいた。
考えれば考えるほど点と点は曖昧で、線に繋がる気配がない。
そのとき―――――
「……っ!?」
汽車が急停車し、ガタン、と激しい衝撃が揺れとなって車内を襲った。
乗客たちはざわつき、騒ぎが広がり始める。
「なんだ!?」
エルクたちはすぐに立ち上がり、窓の外を確認する。
するとそこに、汽車を取り囲むように立ちはだかる山賊と、無数のインプたちの姿があったのだ。
「貢ぎ物をよこせぇぇぇぇぇ!!」
その瞬間、山賊たちは口々に叫びながら一斉に汽車へと迫ってきたのだ。
エルクは険しい表情を浮かべながら、車掌室へ走っていく。
そして、その扉を勢いよく叩いた。
「おい!どういう状況なんだ!」
「こ、こちらも突然のことすぎて何がなんだか……!」
「チッ……!」
車掌は額に汗を浮かべながら、紙の束を慌ててめくる。
その様子をエルクが睨むように中を覗き込んだそのとき、車掌の震える声が漏れた。
「こ、この汽車には教会北支部へ向けて運搬中の……『北風の神ボレアスの神器』が積まれています……!」
「なに……!?」
エルクの眉が跳ね上がる。
彼は、また崇拝教の手の者が現れたのではないかと考えたのだ。
「俺が行く!」
「ま、待ってください!外は危険です!あの数は―――」
車掌の制止を振り切り、エルクは車両の扉を開けた。
そして、風が吹き込むデッキへと出る姿を、フィールとライナスが目撃する。
「また!?まったくもうっ…!」
「『無鉄砲』って言葉、兄貴のために存在したんだな」
二人がため息を漏らすなか、エルクの視界には山道に並ぶ数十人の山賊たちの姿があった。
鉄製の武器を片手に汽車を取り囲み、インプが蠢く(うごめく)ように跳ねている。
その様子に、エルクは―――
「そこの連中―――ボスを出せ!!」
と、山に響き渡るような大声で叫んだのだ。
山賊たちはざわつき、一瞬の沈黙のあとゆっくりと列が開かれる。
「おいおいおい、ちょっとは礼儀ってもんがねーのか?」
そう言いながら現れたのは、大柄で筋骨隆々とした男だった。
肩に毛皮をまとい、片手には巨大な斧を持っている。
そして、彼はぎらりとした目でエルクを睨みつけた。




