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第六章 〜故郷への帰還〜④

「くそっ……」


エルクは拳を握りしめたまま立ち尽くす。

何もできなかったという現実だけが、そこにあったのだ。


「……あの威圧感、尋常じゃありませんでしたね」


ルーインがゆっくりと肩を上下させながら息を整える。

ライナスも黙ったまま、己の手を見つめるように伏せ目がちに立ち、フィールもまた震える息を吐きながらエルクの隣へと歩み寄った。


「なぁ、教皇。あれは……一体何だったんだ」


冷たい風が通り抜けるなか、エルクは低く、絞り出すような声でそう問う。

するとロイドは空を仰ぎ、言葉を選ぶように口を閉ざした。

そして、しばらくの時間をおきゆっくりと……確かな声でこう答えた。


「―――天界を追われた堕天使の長だ。今は『傲慢』の名を冠する大罪の悪魔『ルシファー』として……悪魔側にいる」

「『堕天使』……?」


フィールが眉をひそめながら聞くと、ロイドは頷いた。


「元は天の秩序に仕えていた存在だ。だが神に背き、地に落とされた。―――天使でありながら悪魔でもある。そのどちらの力も併せ持つ特異な存在だからこそ、常軌を逸した力があるのだ」


その言葉に、ルーインが険しい表情を見せる。


「そんな存在が、どうしてあの少年と―――?」

「わからん。少年が自ら望んだのか、それとも無理矢理依り代にされたか―――」


静まり返る森に、その言葉が重く落ちる。

そのとき、エルクが静寂を破るようにこう言い放った。


「なぁ、俺、思ったんだけど……クロスの行き先がわかれば崇拝教のアジトも、やつらの本当の狙いが見えてくるんじゃないか?」


ロイドは、エルクの言葉にゆっくりと目を閉じる。


「……その可能性は高いだろう。動きを追えば、それだけ背後にいる者たちの輪郭が見えるかもしれん」


ルーインも、同調するように首を縦に振る。


「確かに。情報が断片的すぎるので、追えばそれなりに成果はでるでしょう。しかし―――危険すぎます」


ルーインの言葉の意味がわからないでもないエルクは、ぐっと拳を握りしめた。


「でも……俺たちは先に進まなきゃならない。だから―――俺たちはクロスを追う」


その決意に、空気がぴんと張りつめた。

フィールとライナスも、エルクに続くように決意の籠った目でうなずいている。


「……わかった。だがその前に、ひとつ話しておかなければならないことがある。本当はまだ話すつもりはなかったが……もう時が来てしまったようだ」


ロイドの言葉に、一同は息を呑む。

そして、ロイドは深く息を吐き、重たい声で語り始めた。


「エルク、ライナス―――この村に住んでいたお前たちの母、リーシャ。彼女は……サマナーだったのだ」


エルクとライナスは驚いた。

エルクは目を見開いたまま言葉を失い、ライナスもまた、唇を震わせている。


「母さんが……サマナー……?」


あまりにも突拍子のない話だ。


「彼女が契約をしていたのは、『謙虚』という美徳を司る天使ラファエルだった。そして、それに相対する存在がある。それが『傲慢』のルシファーだ」


ロイドの言葉は、まるで時間の流れを止めたかのようだった。

そして、その場にいる誰もが次の言葉を飲み込むように沈黙する。


「謙虚と……傲慢……」


エルクはその言葉をかすれた声で繰り返した。

その名が指し示すものの意味が、彼のなかでゆっくりと形を成していく。


「まさか……母さんは美徳のサマナーとして―――」


そう言いかけたところで、ロイドが静かに頷く。


「崇拝教に狙われた。リン=ユナと同じように、だ」


ライナスは息を呑み、震える声で問う。


「母さんも……計画の犠牲に…?」

「可能性は高い。そして彼女―――リーシャが亡くなったことによって、対を成すルシファーの封印が完全ではなくなったのだろう」


そのとき、エルクの脳裏で複数の点が繋がり始めた。


「リンが最初だと思ってたが、母さんから繋がっていたんだ。―――すべては美徳の天使の力を地上から消すために……」

「それは……封印を破るため……?」


フィールが顔を曇らせる。


「天使と契約するサマナーは、封印のいかりでもある。その命が絶たれれば、封印の力は弱くなる。やつらはそれを狙っているのだろう」


その言葉を聞いたエルクは、ふと視線を下げた。


「……母さんも、その標的のひとりだった……ってことなんだな」


その声には、怒りとも悲しみともつかない感情が混じっていた。

乾いたような痛みを覚えるエルクに、ロイドが伝える。


「あの少年を追えば、崇拝教に辿り着くだろう。だが、美徳の天使が狙われてる以上、護衛が最優先事項となる」


ロイドの言葉に、エルクはしばし唇を噛んだまま俯いていた。


「なら……その護衛も俺たちがやる」


確かな決意が込められた声に、ロイドは頷き淡々と続ける。


「現在、確認されている美徳の天使と契約する者は四人。『勤勉のガブリエル』『忍耐のアズラエル』『人徳のラミエル』『慈善のミカエル』だ。ガブリエルとアズラエルはすでに中央教会で保護済み。ラミエルとミカエルは、居場所はわかっているものの中央教会での保護には至っていない」


するとルーインが腕を組み、険しい表情を浮かべた。


「発見と保護が急務ですね。『節制のカシエル』が五年前に消息を絶ったことから、残る『純潔のウリエル』を早急に探さねばなりません」

「そうだ。だからラミエルとミカエルを探し出し、中央教会まで保護せねばならない」


ロイドは、静かな口調ながらも強い信頼を込め、こう言った。


「エルク、フィール、ライナス。お前たちには『人徳のラミエル』を探し出し、中央教会まで護衛してもらいたい。ミカエルについては、枢機卿が捜索および保護にあたる。今後の鍵を握る存在だ。分担して動こう」


こうしてエルクたちの故郷であるリーンズ村での一件を終え、一同は再びウェスタンの街へと戻ることに。

西支部教会支部長のバズに事の詳細を報告すると、ロイドは村跡地で見つかった痕跡やクロスの件、そしてルシファーの出現に至るまでのすべてを伝えた。

そして、改めてリーンズ村の調査と封鎖の強化を正式に依頼。

バズは重く頷き、迅速な調査隊の派遣を約束してくれたのだった。


その夜、一行は寄宿舎で身体を休め、翌朝一番の汽車でアースヘルムに戻ることに。


「疲れたな……」


汽車がゆっくりと走り出すと、ライナスがぽつりと呟いた。


「当たり前だよ、あんなの普通じゃないし」


フィールが隣の席で腕を組みながら、流れゆく外の景色を見る。

エルクは手のひらを見つめるように指を組み、黙っていた。

その姿を見たライナスが、問いかける。


「兄貴、母さんのこと―――」

「わかってる。今度は二人で……村に行こう」


窓の外ではウェスタンの街並みが遠くなり、いつの間にか自然豊かな景色へと変わっていく。

それは彼らの心情を映しているようで、どこか物悲しくもあるのだった。


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