第六章 〜故郷への帰還〜③
一方、エルクとクロスの周りは戦局が動き始めていた。
ロイドとルーインが、それぞれの戦っていた分身を撃破し、ライナスとフィールの加勢に回っていたのだ。
それぞれが分身と渡り合うなか、
「タイミングを見るんだ!落ち着け!」
ロイドの声に、ライナスは分身の攻撃をギリギリまで引き付ける。
そして、分身が出してきた刃をわずかに交わすと、電撃を纏わせた渾身の一撃を振り下ろした。
「―――っはああああっ!!」
轟く雷鳴とともに影の分身は霧散し、ライナスは荒い息を吐きながら大鎚を地に突き立てる。
残光だけが空中に揺れるなか、フィールも懸命に分身との戦いに挑んでいた。
分身の影剣が振り下ろされる寸前に身体を翻すと、鉤爪に風を纏わせ懐に飛び込む。
「これで……終わりだっ!」
鋭く風を裂いた一閃が分身の身体を貫き、影は呻き声もあげずに霧散していった。
残ったのは―――クロス本体のみだ。
荒い息を吐きながらも四人はエルクのもとへ駆け寄る。
そのとき、ルーインが足を止め、一瞬目を閉じた。
次に開いたとき、彼女の左目は深海のように濃く静かな青色へと変化していたのだ。
これは、ルーインの契約神『ノルン』の力を引き出した証だった。
「……見えました」
ルーインの左目に映るのは、数秒先の未来だ。
クロス本体の動きを先読みし、彼女はエルクに指示を飛ばす。
「次、左へ飛んで剣を振り上げてくる。重力を逆手にとって叩きつけなさい」
「了解っ!」
短く応じたエルクは、ルーインの言葉を信じて再び剣を構えなおした。
重力を剣に纏わせ、次に来る『左に飛んで剣を振り上げる』瞬間へと集中する。
そして、空気がピンっと張り詰めた瞬間―――クロスが左に飛んだ。
「今です!!」
ルーインの声に背中を押され、エルクは反射的に地を蹴った。
重力を纏わせた剣―――レーヴァティンを構え、振り上げられるクロスの剣を狙って突き上げる。
「―――らぁッ!」
その瞬間、重力が逆巻く斬撃がクロスの刃を弾き飛ばした。
衝撃に耐えきれず、クロスの身体がわずかに後退する。
その隙を、ロイドは見逃さなかった。
「―――オーディン!」
低く、しかし確かな声が空に響く。
その刹那―――
天に雷鳴が轟き、空を引き裂くように一本の光柱が降り注いだ。
その中心から現れた一人の男『オーディン』は、ロイドのすぐそばに立つ。
彼は深緑のローブを無造作に羽織り、左目には漆黒の眼帯をつけていた。
無精髭をたたえた口元は厳しく引き結ばれ、長めの黒髪が雷光に照らされて揺れている。
そして、彼が両の手をわずかに開いたとき、空気がびりびりと震え雷の気配が場を支配した。
その瞬間―――
オーディンの周囲に雷光が奔った。
足元から立ち上る光は荒々しく、それでいて緻密な力を孕んでいる。
「……ッ!」
クロスは一瞬、警戒の色を見せた。
無表情なその顔に、わずかに焦りに色が滲む。
オーディンはクロスを見つめ、無言のまま手のひらを掲げた。
すると雷が一点に収束し、眩しい閃光となってクロスへと放たれたのだ。
「―――っ!?」
クロスは影を操り、咄嗟に防御態勢をとった。
しかし、雷撃は影を貫き、地面をえぐるようにクロスを叩きつける。
轟音とともに地が震え、焼け焦げた匂いが一気に立ち込めるなか地に伏せるクロスはぴくりとも動かない。
「これで終わるとは思えないが……」
ロイドの言葉に、一同は警戒しつつ間合いを取る。
そのとき、ロイドが目配せをしたと同時にオーディンは空から降る雷を掴んだ。
そして、倒れたクロスへとトドメを刺さんとしたその瞬間、クロスの身体から滲むように影が溢れ出したのだ。
「なっ―――!?」
エルクたちは無意識に一歩あとずさった。
影はまるで生き物のように蠢き、やがてひとつの形を形成していく。
その形は、見る者に天使を思わせる輪郭を持ちながら、禍々しい目つきと圧倒的な異質感を纏っていた。
「我を…また地へと突き落とすか、神め」
瞬間、その天使を思わせる姿をした者は片手を伸ばした。
そして、その掌がオーディンに触れると同時に、雷が音もなく消えたのだ。
「オーディンの雷が消えた……!?」
ロイドが息を呑んだ刹那―――
「我はルシファー、堕天使の長だ。この依り代は返してもらおう」
ルシファーがクロスを抱き上げた瞬間、周辺の影が一斉に蠢き始めた。
森の木々の影、地に落ちる影、そのすべてが数多の武器を作りあげ、それらは一斉に一点へと収束。
「オーディンッ!!」
ロイドが叫ぶと、オーディンは手を掲げて空から雷を呼び出した。
稲妻の束が幾重にも重なり、迫る影の武器群へと放たれる。
雷光と闇がぶつかり合い、凄まじい衝撃音が森を震わせた。
だが、影の勢いは止まらない。
攻撃を受けながらも次から次へと形を変え、絶え間なくオーディンを攻める。
ロイドもすぐさま攻撃態勢を取るものの、降り続ける武器の密度と速さは尋常ではなかった。
反撃どころか、自身が傷を負わないよう立ちまわるだけで手一杯だ。
「く―――っ!」
影と雷が衝突するたび、空気が裂けるような音が周囲に響き渡った。
ロイドは歯を食いしばり、降り注ぐ武器の雨を身を翻してかわし続ける。
だが、その肩や腕にはすでに無数のかすり傷が走っていた。
(このままでは……!)
そう思ったとき、ルシファーがゆっくりと空を見上げた。
その瞬間、影が全方位に広がり、雷を、空を、そして光をすべて喰らい尽くし、その姿を消したのだ。
「待て―――!」
エルクがその影を追おうと思わず一歩踏み出す。
が―――
「下がれ、エルク!」
ロイドの怒声が、雷鳴よりも鋭く森に響く。
次の瞬間、どこからともなくルシファーの声が空中に染み込むように渡った。
「―――終焉は近い。終末の日にて、また会おう」
その声には、怒りも焦りもなかった。
あるのはすべてを見通した者のような、冷ややかな確信だ。
そして、声が消えると同時にあらゆる影が霧のように溶けていき、空がようやくその青さを取り戻す。
残されたのは焼け焦げた大地と、傷だらけの仲間たちだけだった。




