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第六章 〜故郷への帰還〜①

アースヘルムへ帰還してから数日、エルクたちは中央教会の庇護のもと、束の間の平穏な時間を過ごしていた。

忙しなく動き続けた旅路の疲れが身体に染み始めてくるころ、エルクは一人礼拝堂を訪れる。


静謐な空気が流れる空間の中で、白いロウソクの灯が微かに揺れていた。


「……」


祭壇の中央に立っているのは、金髪の長髪を清らかに揺らす少女―――マリア。

エルクの視線は、マリアに向けられていた。


「エルク?どうしたの?」


視線に気がついたマリアの穏やかな声が、堂内に響く。


「いや…ただ少しだけ、落ち着ける場所が欲しかっただけだ」


ぶっきらぼうな返事をしながらも、エルクはどこか照れくさそうに視線を逸らす。

マリアはそんな彼を見て、小さく笑った。

そして、エルクと共に腰を下ろし、淡く…そして囁くようにこう言った。


「大丈夫。あなたはちゃんと前に進んでるよ」

「……何がわかるんだよ」


ふと、エルクが呟くように漏らしたその言葉は、怒りではなく迷いだった。


「わかるよ。だっていつも心配してるから」


その優しい言葉に、エルクの肩がわずかに震える。

そして―――


「……心配かけて悪かったな」


隣にいるマリアに、聞こえるか聞こえないかの声だった。

マリアは静かに微笑み、そっと手を添える。


「うん。…ちゃんと無事でいてくれてありがとう」


そのやり取りはわずかな時間ながら、エルクの心にぬくもりを灯した。

しかしその一方で、ラムダルでバールから聞いた真実がエルクの胸に残っていたのだ。


「…悪いマリア、俺…村に戻ろうと思う。確かめなければならないことがあるんだ」


そう言うとエルクは立ち上がり、窓の外に目をやった。

その瞳には過去を見つめる決意と、未来への静かな怒りが宿っている。


「私…止めないよ?でも、帰ってきてね。ちゃんと…無事で」

「……あぁ」


エルクは短く応え、マリアと視線を合わす。

言葉以上のものが一瞬で交わされ、エルクは静かに歩き出した。


そしてフィールとライナスと落ち合い、三人は教皇のもとへ向かう。

執務室をノックすると、静かな声が中から響いた。


「入れ」


扉を開けて中に入ると、ロイドは窓の外に目を向けたまま椅子に座っているものの振り返らない。


「…何の用だ」

「俺たち…リーンズ村に戻ろうと思う。手がかりがあると思うんだ。だから―――」


その言葉に、ロイドはゆっくりと椅子を回し、三人を見つめた。

数秒の沈黙のあと、小さくため息をつく。


「…まぁ、そう言うと思っていたがな」


ロイドは立ち上がり、背後の本棚から一冊の古びた地図帳を取り出した。

ページをめくり、リーンズ村の位置を指さすと真剣な面持ちでこう続けた。


「だが、今は遺構として閉鎖している。教会の人間でも立ち入りを制限している区域だ」

「それでも…!俺たちにとってはただの遺構じゃないんだ…!」


エルクの強い言葉に、ロイドは少しのあいだ目を閉じる。

そして、諦めたように頷いた。


「…わかった。だが、私が付き添うことが条件だ」

「!!」

「さっさと準備してこい。明日の朝には出発するぞ」


こうして四人は各々用意を済ませ、出発に備えた。

そして、朝一番に出る汽車『ウェスタン行き』に乗り込む。


「リーンズ村までは、ウェスタンからは馬車だな」

「うまく乗り継ぎができれば、明日の昼には着くかも」


そんな話をエルクとフィールがしていると、汽車の車内に軽やかな足音が響いた。


「乗り継ぎの前に、護衛の話を忘れてません?」


その声に、三人が振り返る。

するとそこには白銀の甲冑を身にまとい、腰に剣を佩いた女性が立っていたのだ。


「ルーイン=ヴィンシュタイン…!」

「久しぶりですねエルク、フィール。それと…ライナス」


ルーインは涼やかな笑みを浮かべ、ロイドに向かって一礼した。

その佇まいは凛としており、どこか空気を引き締めるような威厳もある。


「なんで……」

「ロイド様に頼まれましてね、護衛兼監視役として同行することになったんですよ。何をしでかすかわかりませんからねぇ……」

「監視……!?」

「冗談ですよ。―――半分は」


ルーインは、笑いながら隣の席に腰を下ろした。

エルクたちの表情は、わずかに引き締まるものの安心したようにも見える。


「ま、心強いことに変わりはねぇか」


そう言ってエルクが小さく笑うと、ルーインは肩をすくめて応じた。

汽車は緩やかに加速し、窓の外を流れる景色が次第に変わっていく。


そして、汽車が西へと走りだして数時間が経つと、アースヘルムの喧騒とは異なるのどかな風景が視界に入り始めた。

黄金の麦畑や遠くに連なる山脈、風に揺れる木々の影―――どれも静かで懐かしい空気を感じる。


「…ここまで来ると、空気が違うね」


そう言ったのはフィールだった。

窓辺に肘をつき、頬杖をついた姿はどこか気が抜けているようにも見える。


「…ただ田舎なだけだろ」

「もー、素直じゃないんだから、エルクは」


そんなやり取りをルーインとロイドは目を細めて見ていた。


「平和ですね」

「そんな時間も、必要で貴重だ」


汽車はやがて、ウェスタンの街の影を視界に捉え始める。


「お前たち、今日は教会西支部の寄宿舎で世話になるからな。粗相するなよ?」


ロイドのその言葉に、一同は頷いた。

そして、少しの時間のあと汽車は駅のプラットフォームへ滑り込んでいく。

その後、駅に降り立った彼らはまっすぐ教会西支部へと向かった。

石造りの荘厳な建物は、中央とはまた異なるどこか素朴な威厳を漂わせている。


ロイドはその入口で立ち止まり、うしろを振り返った。


「ここの支部長バズ=ジークヘルムと話があるから執務室に向かう」


ロイドのその言葉に、エルクたちは当然のようにあとを追おうとした。

しかし、ロイドが手を挙げてその動きを制止する。


「『大人の話』だからな。お前たちは寄宿舎で待機だ」

「チッ……」


エルクは小さく舌打ちするものの、それ以上は何も言わなかった。

それは、ロイドの瞳が普段と違う色をしていたからだ。


「…いくぞ」


エルクとフィール、ライナス、ルーインはロイドと別れ、寄宿舎に向かった。

簡素な部屋のなか、木製の椅子に腰掛けながら話をする。


「…で、どうだったんです?」


ルーインの問いに、三人はラムダルでの出来事を説明した。

そして、ライナスを攫った黒ずくめの男たちについても。


「あいつらは崇拝教の手の者だった。しかも、俺たちの村で『サタン』が封印されていたかもしれなくて…」

「それは…村にあった祠のことですね?」

「そう。もしかするとライナスの姿とサタンの姿が入れ替わってしまったんじゃないかって話もでた」


静かに語るエルクの声は、怒りでも悲しみでもなかった。

その事実を突き止めたい、ライナスを元の姿に戻してやりたいという決意だけが宿っている。


「…だから、俺たちは確かめたい。リーンズ村に行けば、崇拝教の痕跡や大罪の悪魔にかかわる何かが残っているかもしれない」


ルーインは黙ってそれを聞き、やがて真剣な眼差しで頷く。


「なるほど。だから君たちはリーンズ村に行きたいと言い出したわけですね」

「俺たちの村が…ただの『災害』で終わっていいわけがない。少なくとも、俺たちはそう思ってる」


部屋の中に落ちるエルクの声と決意。

その事情を汲むように、ルーインは黙ったまま頷いたのだった。


一方そのころ、教会西支部の執務室ではロイドと支部長のバズが対面していた。


重厚な扉は閉ざされ、部屋は外界と遮断された静けさに包まれている。


「…ロイド。あの子たちに『彼女』のことを話さないのか?」


机越しに、バズがそっと尋ねた。

その声音には、迷いと遠い日の後悔が滲んでいる。


「母親のことは…避けては通れんだろう。いずれ自分で辿り着く未来が見える」


外の窓に視線を移しながらそう言うロイドに、バズはほんの少し鋭く問う。


「だが、『父親』はどうするつもりだ?」

「……っ」


その問いに、ロイドの眼差しが一瞬鋭くなった。

だがすぐに表情を戻し、深く息を吐く。


「…まだだ。名は……今はまだ語るべきじゃない」


その言葉に、沈黙が流れる。

やがてバズは静かに頷き、背もたれに深く体を預けた。


「あの子たちが背負わされてきたものの重さを考えろ。私たちができることは見届けるくらいだ。それなのに――――」

「それでも…!……知るべき時は来る。すべてはその時だ」


夕暮れの光が、二人の間に長く影を落とす。

その影は、いずれ明かされるべき過去と秘められた真実の輪郭を、静かに浮かび上がらせるのかもしれない。


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