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第五章 〜東の果ての攻防戦〜④

蛇のような指先がしゅるりと空を舐めながら、女は笑みを深めた。


「あの子を殺せばね―――私たちの仲間が増えるのよ?」

「は……?」


フィールが眉をひそめると、女は楽しげに続けた。


「ラインバーグでは、あなたたちのせいで途中でおわっちゃったけど…あれも私たちの計画だったのよ?市長を狂わせて…『もう少し』だったのに」


フィールの表情が凍りつく。

あの悲惨な事件が、彼らによってもたらされたものだったのだ。

こみ上げる怒りに、フィールの足元から風が巻き起こり始める。


「ふざけるな……」


瞬間―――彼の身体は一気に加速し、空気を裂くように女へ向かって突っ込んでいった。

風に乗った鉤爪が鋭く唸りを上げ、女の笑みを切り裂くかのように迫る。


そして、その対峙のすぐ近くでヴァンはペストマスクをつけたもう一人の男に銃の照準をあてていた。

二人のあいだには張り詰めた空気が漂っており、互いにけん制し合う。

不用意に近づかず、距離は十数メートルあいていた。


「その銃…怖いね、危ないね」


低く囁くような声で、男はペストマスクの奥から言葉を発する。

その声音には笑みすら混じってそうだが、どこか不気味で何より底が知れない。


「だったら近寄ってくんな、眉間に一発ぶち込んだら済む話だ」


ヴァンがリボルバーを構えたその瞬間―――

男はローブを広げた。

すると、そこから闇のような黒い翼が広がる。

そしてその翼の羽がまるで刃のように空へ飛翔し、無数の軌道でヴァンに向かって放たれた。


「来いよ…全部落としてやる…!」


ヴァンは目を細め、静かにトリガーを引いた。

弾丸が空を裂き、放たれた羽根を正確に撃ち落としていく。

一発、また一発―――その弾道に恐怖など微塵もない。

しかし…


(こいつ、ただモンじゃねぇ…)


確かな手応えのある敵に、ヴァンの表情がわずかに険しくなる。

そのとき―――突然、建物の部屋の入口から強い気配と共に誰かが現れた。

重く、力強い足音を響かせ、彼らの視界に入る。


「エルク、随分騒がしいじゃないか」


その声に、エルクとフィール、ヴァンが驚き、目を見開く。


「は…!?なんでここに……!」


現れたのは中央教会における枢機卿―――

そして、エルクの師でもある『勝利の神フレイ』のサマナー、バール=グリースその人だった。

堂々たる佇まいが、場にいた誰をも圧倒する。

そして―――


「助けに来た。あとは任せろ」


その言葉と同時にバールが手にしたのは、彼が契約するフレイより授かった神器―――『勝利の剣』だ。

炎を纏うその剣は振るわれた瞬間、空気を灼熱で裂きながらクロスの影を焼き払った。


「ッ……!」


影の男―――クロスは咄嗟に防御の構えを取るものの、バールの一撃は肩を深く斬り裂いた。

肩口を押さえ、無表情なまま後退する様子から、ダメージは明らかに重そうだ。


「次」


バールは、フィールと交戦していた女のもとへ、素早く斬りかかった。

だが女はひらりと身を捩り、炎の剣を躱す。


「ちっ……」


女は分が悪いと察し、ほかの二人に静かに呼びかける。


「退くよ」


その声に呼応するように、クロスとペストマスクの男は一歩引き、影の中へと足を踏み入れた。

そして、三人の姿は黒い霧のような影に包まれ、すぅ…と掻き消えていった。

戦闘の直前まで拘束されていたライナスの周囲の黒い影も、まるで主の消失に伴って霧散したかのように解かれていく。


「……っ、はぁ、はぁ……!」


自由になったライナスは荒く息を吐き、ぐらつきながらも立ち上がる。


そのとき―――どこからともなく、女の声が部屋に響く。


「弟くんは、一旦返すね、またそのうち、貰いに来るから」


嘲るような甘い声が、空間に染み渡るように届く。

続けて―――


「それと、キミたちが連れてこなかったあの女もいずれ……ね」


と、気味の悪い余韻を残し、気配が消えたのだった。


「…ライナス!」


エルクとフィールは駆け寄り、よろけるライナスを支えた。

ヴァンも側に立ち、油断なく辺りを見回す。

やがてバールもそっと剣を収め、三人のもとに歩み寄った。


「無事で何よりだ。…事情を聞こう。―――すべて話してくれ」


戦いを終え、ライナスを取り戻した三人は経緯を語り始める。

この町、ラムダルに到着したあと敵と接触したことや、中央教会から派遣されたサマナー『リン=ユナ』を探せと言われたこと。

彼女を見つけたものの協力させるわけにもいかず、フィールと背格好が似ていたことから身代わり作戦を思いついたこと。

そしてそれはあっさりとバレ、現在に至るということを。


「…ったく、無茶しすぎだろ、お前ら」


深くため息をつくバールに、エルクが問う。


「バールはどうしてここに……」


するとバールは、肩をすくめて見せた。


「お前らが教会から飛び出していったあと、教皇に頼まれたんだよ。『どうせ突っ走る』ってな」

「ぅっ……!それはまぁ……」


言い返す言葉が見つからないエルクたちは、同時に視線を逸らす。

バールはそんな三人にゆっくり歩み寄り―――三人に遠慮のないげんこつを見舞う。


「いてっ!?」

「わっ、ご、ごめんなさっ……」

「何すんだよ!」


三者三様に頭を抑えて呻く姿に、バールは口角を上げて笑みを見せた。


「詳しい話は戻ってからだな。教会の分署で一晩、身体をやすめるといい。…ライナスもな」


そう言って踵を返すと、バールは瓦礫のあいだを悠々と歩き始めた。

その背を追うように、四人も静かに続く。


それは、夜明け前の空に少しだけ光が滲み始めたころ。

荒れたラムダルの路地を抜け、教会の分署の灯りが彼らを出迎えたのだった。


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