第五章 〜東の果ての攻防戦〜③
その夜、月が霞むラムダルの空の下、エルクとヴァンは『リン=ユナ』の姿をしたフィールを伴い、ふたたび黒ずくめの敵が潜む建物へと向かった。
建物の前には、まるで門兵のように仁王立ちする屈強な男の姿がある。
エルクは足を止め、少し距離のあるその男に静かに言葉を投げた。
「連れてきた。お望みの『彼女』をな」
男は、無言のまま懐から写真を取り出し、『リン』と見比べる。
その後、僅かに顎を引き合図を出した。
すると、きぃ…と軋むような音を立てて扉が開き、三人は中へと通されたのだ。
建物の奥へ足を進めると、朽ちた部屋が現れる。
そこには、黒き瘴気に絡め取られるようにしてライナスが無言で横たわっていた。
周りには同じく黒ずくめの奴らが二人いる。
「ライナス……!」
そのとき、黒ずくめの女が一歩歩み出てきた。
彼女は『リン』を見るなり目を見開き、小さく笑う。
「…外のやつらってば、ほんと使えないわね」
その言葉と同時に、女の手がぶるりと震えた。
そして、軋む音とともに蛇のように蠢く刃へと変貌する。
―――と、同時に殺意を帯びたその腕がフィールへと襲い掛かったのだ。
「ッ!」
フィールは紙一重でその攻撃を回避し、女を睨みつける。
その軽やかな身のこなしに、女を含めた三人の黒ずくめたちがわずかにたじろぐ。
そして―――
「写真の女じゃないのか!?」
と、三人のうちの一人の男が驚いた。
彼は漆黒のローブをまとい、顔には鳥のくちばしを模した不気味なペストマスクをかぶっている。
空洞の目元からは感情を読み取れず、まるで死神のような気配を漏らしていた。
「まさか―――替え玉だと?」
呻くような低い声が、マスク越しに響く。
「フン、まんまと騙されたわね」
「なら、始末するだけだな」
その言葉を皮切りに、その場にいた全員が戦闘態勢に入った。
フィールは女、ヴァンは不気味なペストマスクの男、エルクは―――ライナスを押さえつけている影を操る男だ。
無表情なその男は頭に白いバンダナを巻き、自身の足元から這い出した濃い影のなかに手を入れる。
すると、黒い影が形を成すように一振りの黒剣が引き抜かれたのだ。
「なっ―――!?」
剣の形は奇妙だった。
刃の輪郭は一定せず、淡く揺らいでいる。
まるでこの世界の理からわずかにずれているような…不安定で異質な存在感を放っていたのだ。
「おいおいおい…お前も剣士だったのかよ…」
エルクはそうつぶやきながら、異空間から大剣レーヴァティンを呼び寄せた。
空気がぐっと張り詰め、静寂が戦端を裂く刹那を予告する。
先に動いたのは影を操る男だ。
彼は一歩前に出ると同時に地面に剣を突き立てた。
―――その瞬間、彼の足元から影が奔り、蛇のようにうねりながらエルクの足元を狙って伸びたのだ。
「チッ、足止めかよ!」
すぐさまエルクは反射的に地を蹴る。
そして、重力の流れを剣に集中させると、レーヴァティンの刃が軌道を歪ませながら影を切り裂いていく。
床に焦げたような黒い痕が残り、それを影の男は横目で見ていた。
「……」
「ただの影じゃねぇな…」
異質さに眉をひそめるエルクに、男は無言のまま自身の影を背後へ伸ばした。
その影はライナスへと伸び、その拘束を強めて見せたのだ。
「グッ…!」
「やめろ!離れろ!」
エルクはレーヴァティンを構えて踏み込む。
「そんな影―――ぶち抜いてやるよ!!」
影と重力が交差する鍔迫り合いのなか、エルクの叫びと共に剣が唸りを上げる。
それと同時に影も地を這い、まるで意志を持った生き物のようにエルクの足元へ伸びてきた。
「またかよっ!!」
剣を振り下ろす直前、エルクは重心を一歩後ろへとずらした。
刃と刃が交差し、金属音が激しく響く。
相手の剣―――影から生まれたその黒剣は、現実と虚無のあいだに揺らぐような手応えを残しながらレーヴァティンと火花を散らしていた。
(やっぱりこいつ…ただの影使いじゃねぇ…!)
エルクの思考の隙を狙うように、男の影は素早さを増す。
だが、その動きよりも早くエルクの足は地を蹴っていた。
「くっ…!お前…お前らは何者だ!?」
問いかけながらも剣を振るうエルクに、男は一言だけ発した。
「―――クロス=フォード」
その名に覚えのないエルクは、剣を振りぬいて間合いを取る。
「目的はなんだ…!崇拝教の連中か!?」
しかし、クロスは答えなかった。
無言のまま、黒剣を振るい続ける。
(強い…だが『迷い』を感じる。まるでわざと抑えてるみたいな……)
剣と剣が交錯するたびに感じる奇妙なズレ。
それは、重みと共に伝わってきていた。
一方そのころ、フィールはエルクとは反対側で戦っていた。
体の一部を蛇のように変形させて襲い掛かってくる女と激しい交戦を繰り広げている。
「ほら、チョロチョロ逃げていないで、もっと近くに来なさいよ」
女はくすくすと笑いながら、フィールを何度も襲う。
そのしなやかで不気味な動きに、フィールは風を操って軌道を逸らしつつ機をうかがっていた。
「お前たちの目的は何なんだ!リンさんを連れてこさせて、何をするつもりだった!?」
その言葉に、女の動きがふと止まった。
「ふふ、やっぱり聞いちゃう?いいわ、特別に教えてあげる」




