第五章 〜東の果ての攻防戦〜②
三人は顔を見合わせ、町へと戻ることを決めた。
そして、人目を避けながら『リン=ユナ』という人物を捜し歩く。
だが、スラムの町は複雑に入り組み、荒れ果てた建物と人々の警戒の眼差しが言葉にならない重たい空気を作っていた。
誰に話しかけても怯えたように顔を伏せるか、舌打ちして立ち去られてしまう。
「チッ……居場所どころか、誰も答えねーんじゃ先に進めねぇな…」
「ユナさんがここにいるっていう確証もないしね…」
ヴァンがいら立ちを隠せずに石を蹴飛ばしたとき、フィールが古い建物を指さした。
「あそこ、教会の分署じゃない?」
路地裏の奥に、ひっそりと建つ石造りの小さな教会が見えた。
三人は情報を得るため、そこに向かう。
分署では、数人のシスターが穏やかな笑みでエルクたちを出迎えてくれたのだ。
「ごきげんよう、旅のお方。どうぞお入りください。主の加護があらんことを」
「…ども。ちょっと聞きたいことあるんだがいいか?」
エルクは写真を差し出し、写っている女性について尋ねようとした。
その瞬間―――
「―――っ」
ひとり、栗色の髪の毛をもつシスターがわずかに肩を震わせて息を呑み、急に後ずさりを始めた。
「待てっ!」
エルクがすぐに反応し、その腕を掴む。
驚いた彼女が体勢を崩したとき、頭から何かが落ちた。
ころり、と音を立てたのは―――カツラだ。
そして、そのカツラの下から現れたのは写真に写っていた女性だった。
「黒髪…そばかす…」
よく見れば化粧でそばかすを隠した跡があるのを、フィールが見つける。
「お前がリン=ユナだな?」
その言葉に、女性は観念したように目を伏せて頷く。
「―――僕たちは教会の人間です。あなたに危害を加えるつもりはありません。ただ、話を聞かせてほしいんです」
フィールが優しい口調で語りかけると、彼女は悩みながらもぽつりぽつりと話し始めた。
「わ…私、中央教会から派遣されて来たんです…」
「え?」
「奉仕活動をするようにと言われて……」
彼女は、自身が中央教会から任務としてラムダルに送られたサマナーであることをエルクたちに説明した。
孤児たちに勉強を教えたり、困窮者のためにご飯を作ったりしており、教会の清掃や裏方の作業もしていたと言う。
「でも…あの日、知らない人たちに急に詰め寄られて…」
彼女は、自宅から教会までの道のりで三人組の誰かに襲われたと語る。
それは黒ずくめの格好をしており、「この写真の人物はお前だな」と連れ去られそうになったそうだ。
「また私を探す人が来るんじゃないかと思って…怖くて私……」
それ以降、彼女はカツラをかぶり教会内でシスターとして身を潜めていたと話す。
「私は、戦いには向いていないんです…!ガブリエル様は勤勉と知識、啓示を司る天のお方なんです…!」
彼女が口にした名前―――『ガブリエル』
それは彼女が契約をした天使の名前だった。
勉強が好きな彼女は、子どもたちに学ぶ楽しさを伝えたいという願いから教会に所属する道を選んだ。
それをガブリエルが聞き届けたのか、奇跡的に天使と契約することができたのだ。
しかし、そのせいで崇拝教という闇に目をつけられたようだ。
「あれ…?」
そこまで話を聞いたとき、エルクはふとリンとフィールを交互に見た。
同じくして、ヴァンも見比べている。
「なぁ、エルク?」
「なんだ?ヴァン」
「俺、いいこと思いついたんだけど」
「奇遇だな、俺も思いついたところだ」
二人は、リンとフィールの髪色と背格好が似ていることに気がついたのだ。
そして、エルクたちが謎の女から言われたのは『写真の女性を連れて来ること』。
これを利用しない手は―――ない。
「え…え?なに?嫌な予感しかしないんだけど……?」
エルクは、口もとを引きつらせるフィールの肩に手を乗せた。
そして、ニヤリと笑みを浮かべながら―――
「悪いが、お前に一肌脱いでもらう」
その言葉に、フィールの表情が完全に引きつった。
「はぁぁぁぁ!?なんで僕なの!?ほかにも方法あるでしょ!?本人、そこにいるんだよ!?」
「それはダメだ。リンは戦闘系じゃないだろ?襲われたときの対処ができねぇ」
「そ、そりゃそうだけど……っ!」
隣でリンはおろおろしながら「すみません…!私のせいで…!」と小さくつぶやく。
「ち、違っ…!リンさんのせいじゃないからね!?エルクが悪いんだから!あと、ヴァンも乗っかるなよ!?」
フィールの言葉にヴァンはニヤッと笑みを浮かべた。
「でも完璧に似てるじゃん。俺はもったいないくらいの素材だと思う」
「ちょ…!ヴァン!?」
どんどん声が大きくなるフィールに対し、エルクが周囲を見回す。
「しーっ!声でかいって。―――いいか?フィール、これはライナスを助けるためだ。お前だって放っておけないだろ?」
その一言で、フィールは何も言い返せなくなった。
拳を握りしめ、俯いて数秒―――
「わかったよ…!やるよ!やりますとも!あ―――もうっ!」
立ち上がるフィールの肩を、ヴァンがポンと軽く叩く。
「大丈夫だ、フィール。きっと―――驚くほど似合う」
「うるさいよっ!」
こうして次の作戦、『リン=ユナの身代わり大作戦』が動き出したのだった。




