第五章 〜東の果ての攻防戦〜①
明け方、三人を乗せた汽車は東の果てに広がる曇天の下、『教会東支部』のある街―――イースティアに到着した。
重たい雲と冷たい風が吹き抜けるこの街は、中央や南部と違ってどこか荒々しい。
目に映るすべてに疲れが染みついていた。
人々は無言で早足に歩き、警戒するように他人を避ける。
治安の悪さで知られる東の地―――その空気が緊張を滲ませていた。
「次は馬車だな」
エルクたちはラムダル行きの馬車を探し、乗り込む。
揺れる車内は汽車よりも心地が悪く、三人は床面に身を沈めて耐える。
「この道、穴だらけじゃない?」
フィールが苦笑しながらつぶやくと、ヴァンが肩をすくめる。
「この辺じゃマシなほうだな。タイヤが外れないだけ奇跡だ」
「え…」
ヴァンの言葉に、フィールは一瞬固まる。
そんなフィールを横目で見るエルクは、馬車からの景色に目をやる。
荒れた街道に沿って乾いた土煙が舞い、壊れた民家の影が点々と見える。
荒涼とした風景に、東の地が長らく放置されてきた現実がある。
「ほんとに…ここにライナスが連れてこられたのか?」
エルクが低くつぶやくと、フィールはそっと答える。
「ここにしか手がかりがないから、やるしかないよ」
「チッ……あの黒ずくめの野郎ども…」
拳を握りしめるエルクは、昨夜のことが引っ掛かっていた。
ロキを呼び出すことができなかったことが―――気になって仕方がない。
やがて日が傾き、空が夕暮れの朱に染まり始めたころに馬車は目的地『ラムダル』の入り口に辿り着く。
瓦礫と汚れた布に覆われた町は、どこからともなく焦げた臭いが漂ってきていた。
「ここが…ラムダル……」
そこかしこに腰を下ろす浮浪者が、獣のような目つきで三人を観察する。
上から下まで何度も往復するその視線に、三人は思わず肩を寄せ合った。
そのとき―――ふいに足元から影が伸びた。
「下っ―――!」
フィールの叫び声に反応し、三人は一斉に跳ねのく。
漆黒の帯が地面に鋭く走り、まるで獲物を狩る蛇のように足を狙っていた。
「影…あいつかッ!」
辺りを見回したエルクは、一人の男に視線を当てる。
捉えた先に、昨日ライナスを抑え込んだ無表情の男が立っていた。
男の手元は影がまとわりつくように揺れており、まるで意思を持っているかのように波打っている。
「お前……ッ!」
エルクは腰元から大剣レーヴァティンを取り出し、大地を裂くように振るった。
フィールはすかさず風を纏い、上空からけん制に入る。
ヴァンも銃を構え、男に照準を合わせていた。
―――が、男は応じず次の瞬間には身を翻し、逃げていったのだ。
「待ちやがれ!!」
怒声とともに、三人は影をかき分けながらそのあとを追う。
しかし、男は建物や路地をすり抜けるように移動し、一定の距離を保つようにして捕まらせないのだ。
「いったい何を企んでいるんだ…!?」
追っては逃げられ、逃げられては追いを繰り返し、息を切らしながらもようやく男の足がとまったのは古びれた建物の前だった。
そこはラムダムの外れに位置し、人どころか獣の気配すらない場所だ。
「ここに誘導したってことか…!」
エルクが剣を構えた瞬間、地面の影が一気に広がる。
すばやく襲い掛かって来る影に、エルクは反射的に剣を振り払った。
地を裂くような重力の衝撃が走り、影が一瞬よろめく。
その隙にフィールが上空から風の斬撃を放ち、ヴァンがすかさずリボルバーを構えた。
「影のくせにしぶといな…!」
「でもあいつ、逃げねぇぞ!?」
男は、先ほどまでの逃げの姿勢とは打って変わり、建物の前に静かに立ち尽くしていた。
まるで『ここ』が目的地だったと言わんばかりに、男の影が地面いっぱいに広がっていく。
そのとき―――
「やっぱり来たのね」
柔らかい女性の声が、建物の中から響く。
現れたのは、昨晩ライナスを連れ去った女と一人の男だ。
その姿を見た三人は、一瞬で警戒を強めた。
「弟くんは、ここにいるわ。でも…返して欲しいなら取引しましょ?」
女はふわりと笑い、懐から一枚の写真を取り出して投げた。
その紙片はゆっくりと宙を舞い、エルクの足元に落ちる。
「この子を連れてきて」
エルクが写真に目を落とすと、そこに一人の女性が写っていた。
そばかすに黒髪のショート、細い目をしている。
そして、裏にはこう書かれていた。
「『リン=ユナ』…?」
「弟くんを返して欲しいなら…できるわよね?」
そう言うと彼らはそのまま影の中に姿を消した。
それと同時に建物も闇に覆われていく。
「待てっ!!」
エルクはすぐさま駆け出したが、建物の入り口には不自然なほど濃い影がかかっていた。
まるで物理的な壁のようで、行く手を阻んでいる。
「くそっ……!」
拳を握りしめ、落ちた写真を拾い上げる。
「どうする?エルク」
「どうするっつったって…この子を探すしかねーだろ」




