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第四章 〜影に蠢く者達〜③

その後、礼拝堂をあとにしたエルクたちは、ロイドの執務室に通された。

扉が閉じられると同時に椅子を勧められ、ライナスは遠慮がちに座る。

エルクとフィールは、いつものように並んで腰を下ろした。


「すべて…すべて話してくれ…ライナス」


ロイドの声は穏やかだったが、その奥には確かな決意があった。

ライナスは少し俯きながらも、今まで起きた出来事を話す。

祠での出来事、自身の意識を取り戻した時にはすでに怪物になっていたこと、森での逃避行にくわえ謎の声との契約。


ロイドはそれらの話を黙って聞き終えると、深く…ゆっくりと頷いた。


「ライナスが契約したのは、おそらく『トール』だろう。」

「!!『雷神トール』!?」


エルクとフィールが驚くなか、ライナスだけが首を傾げていた。

そんな彼のために、ロイドはゆっくりと立ち上がり壁際の一冊の古書を取り出してページを開く。


「トールは、雷と戦の神だ。オーディンの右腕にして、かつて世界を幾度も救った守護者のひとり。その神が与えし神器は―――ミョルニル。お前が持つ、その雷を纏う大鎚の名だ」


ライナスは、自身の腰元にしまってある大鎚に視線をやった。


「ミョルニル…」


するとロイドはエルクに視線を移し、その腰元…『何もない腰元』を見つめる。


「そして、お前の剣も同じだ。その重力を宿した剣『レーヴァティン』はロキの象徴であり、混沌と変化の力を持つ神器だ」

「!!」


その言葉に、エルクは怪訝そうにロイドを見る。


「…なんであんたがそれを知ってるんだよ」

「ま、それは追い追い…な。今は別のことが先だ」


曖昧な笑みを浮かべるロイドは、再び視線をライナスに向ける。


「さて、思い出せる限りでいい。お前を襲った集団について何か覚えてないか?」


ライナスは少し目を伏せていたが、ふと…何かを思い出したように顔を上げる。


「…『大罪の復活』と…『終末の日』って言葉を聞いた。あのとき…奴らのひとりがそう言ってた気がする」


その言葉に、エルクとフィールの表情が曇る。


「終末の日…?」

「まさか…崇拝教と関係が…?」


二人が顔を見合わせるなか、ロイドだけが何かに気づいたように目を伏せていた。


「…なるほどな」


ぽつりとそうつぶやいたロイドは、すぐに執務室の扉を開け、外に控えていた警備の兵士へと命じた。


「枢機卿の四人をこの部屋へ通してくれ」


その言葉ののち、しばらくすると重厚な足跡が響き始める。

そして、執務室に足を踏み入れてきたのは、教会における四人のサマナー。

彼らは『神持ち』の中でも頂点に立つ存在で、枢機卿と呼ばれる者たちだ。


「来たな」


先頭に立つのは、巨躯の戦士のような男、バール=グリース。

勝利の神『フレイ』と契約し、教会でも恐れられる屈指の剛腕を持っている。

エルクにとってはかつての―――師だ。


「エルク、久しぶりだな」


その一歩後ろには、豊穣の神『フレイヤ』のサマナーでありオリヴィア=グリースの姿がある。

彼女はバールの妻であり、エルクとフィールを我が子のようにかわいがっていた女性だ。


「エルク、フィール、会いたかったわ」


その隣にいるのは、運命の神『ノルン』の加護を持つルーイン=ヴィンシュタイン。

女性ながらも鋼の意思を宿す彼女は、数多の戦場を渡ってきた証として腰に剣を佩いている。


「やぁ」


そしてその後ろ…一番最後に入ってきたのは光の神『ヘイムダル』と契約する老人だ。

彼の名はハイントスマン。

隠遁者として知られるその姿から想像もつかない力を秘め、また、彼の目は何かを見透かすように光を宿していた。


四人が揃ったところで、ロイドが声をかける。


「さて…ここからが本題だ。『大罪の復活』と『終末の日』の言葉が示す意味は、この国…アストリア国の歴史をひも解く必要がある」


ロイドは深く重い沈黙のあと、部屋の空気を静かに裂くように口を開いた。


「…今から語るのは、アストリアに刻まれし最も古く、最も忌むべき記憶だ」


その声に、エルクたちだけでなく居並ぶ四人の枢機卿たちも微かに姿勢を正す。


「この国―――教会大国アストリアは、『王国アストリア』と呼ばれたひとつの王政国家だった。強き王が国を治め、王のもとには七人の精鋭なる騎士が仕えていた」


ロイドは、執務室の壁にかけられた古びた地図へ視線を移す。

そこには微かに、いくつかの印がつけられていた。


「だがあるとき、その七人が王に背いた」

「七人の…反逆…」


息を呑みながらつぶやいたフィールの目を、ロイドが鋭く見つめる。


「そうだ。彼らは『力』を求めたのだ。力を求めるあまり神を捨て、悪魔と契約した。―――それも、ただの悪魔ではなく、『七つの大罪』を司る悪魔とだ」


エルクとフィールは、部屋の温度が下がったような感覚を覚えた。

空気が張りつめ、ロイドの語りに誰もが言葉を失う。


「強大な魔力を得た彼らは、王国軍を瞬く間に蹂躙。その後、王城へと迫った。国は壊れ、民は嘆き、神の名は…踏みにじられた」


ロイドの声は静かだった。

しかし、その声の奥には深い怒りと悲しみが滲む。


「だがそのとき―――天が裂けた。神が地に降りたのだ」

「神が…?」


エルクがつぶやいた瞬間、枢機卿の巨躯戦士バールが低い声を漏らす。


「確かに記されている。『天が割れしとき、光の柱が地を貫き神が降り立った』とな」


その言葉に同調するようにロイドが深く頷き、こう続けた。


「神は七つの柱である悪魔を打ち砕いた。―――とはいえ、完全に滅ぼすことは叶わず弱らせるに留まった。そこで神は同じ数…七人の天使を地へ遣わした。彼らはそれぞれの悪魔を討ち、この国―――アストリアの大地に封印したのだ」

「七つの…『封印』…」

「そうだ。それが今、崩れようとしている」


ロイドは厳しい眼差しをエルクに向けた。

そして―――


「崇拝教。それは名もなき異端者たちの集団だ。正体はいまだ知れぬが、彼らは封印の存在を知っている。いや、『知っていて壊そうとしている』のだろう」

「それって…」


エルクとフィール、そしてライナスは同じことを考えていた。

拳を握ったまま視線を伏せ、言葉の余韻を噛みしめる。


「…つまり、俺たちの村にあったあの『祠』は、ただの天変地異を鎮めるものじゃなかったってことか」


エルクのつぶやきに、ロイドは静かに頷く。


「可能性の話だ。だが、おそらくその祠には大罪の悪魔の一柱である何かが封じられていた」


ロイドは言葉を切り、視線をライナスへと移す。


「そしてライナス。お前の『本当の身体』は、今もそこに囚われている可能性がある」

「―――っ」


その事実に、ライナスの肩が小さく震える。

まるで、自分が誰なのかを改めて突きつけられたように。


しかし、次の瞬間、ロイドの声が一転する。


「いいか、今話したことはすべて極秘だ。外部にはもちろんのこと、教会内のほかの者にも絶対に話してはならん。今はまだ―――知ってる者が少ないほうがいい」


真剣な口調に、三人はそれぞれ頷いた。

枢機卿の四人も同じくして首を縦に振る。


「それと、お前たちはまだ未成年の子どもだ。わかったつもりになっても、無茶をすれば判断を誤ることもあるし、命を落とすことだってある。…危ないことはするな。これは命令だ」


まるで父親のように言い切ったロイドに、エルクは言い返そうと口を開く。

しかし、横でフィールがそっと袖を引いたことで、それは言葉にならなかった。


「…わかった」


重い空気が執務室に漂うなか、一同は解散する。

三人はそのまま教会内の宿舎に身を落ち着けることにし、石造りの廊下を進んでいく。

そのあいだに特別な言葉などはないものの、それぞれの胸のうちには新たな決意が芽生えつつあった。


静かな夜風が教会の尖塔をなぞるように吹き、ステンドグラスに映った月の光が床に淡い色彩を落としたのだった。


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