第四章 〜影に蠢く者達〜②
霧に包まれたユン村を離れ、数日ぶりの都市の匂いに胸を撫でおろす。
門を通過し、にぎやかな市街地を抜けて馬車はゆっくりと中央教会付近で停まった。
「着いたぞ」
馭者が声をかけると、四人はそれぞれ立ち上がる。
ライナスはフードを深くかぶり、ローブで体毛を隠しながら降りた。
そして、ヴァンが一言―――
「じゃあな、またどこかで会うだろ」
気まずそうに目を逸らすヴァンは、エルクに向かって片手を挙げる。
「またな。…次会うときは撃ってくんなよ?」
「うるせぇ、撃ってもどうせ避けるんだろ」
ニヤッと笑うエルクにヴァンも笑みをこぼし、教会とは反対方向へと歩き始めたのだった。
そして残った三人は横に並び、中央協会の中に入ろうと足を進める―――そのときだった。
「止まれ!」
門兵が鋭い声を上げ、前に立ちふさがる。
それは、ライナスの異形の風貌―――異様なまでに高い身長と袖口から覗く獣のような毛並みが彼らの警戒心を煽ったのだ。
そして、門兵の銃口が一斉にライナスに向けられた。
「落ち着け!こいつは敵じゃねぇ!」
エルクが声を張り上げるものの、門兵たちは引かない。
その横で、フィールが慌てて身分証を見せながら説得にまわる。
「彼は見た目は怪しいけど、僕たちの仲間なんです!教皇にも話は通ってるはずですから…!」
その言葉に、門兵たちは一瞬悩んだ。
エルクとフィールの姿に覚えがあったからだ。
しかし―――
「いいや!怪しい者は通さない!身分証を提示しろ!」
「―――っ」
この場をどう切り抜けようか思案にくれたとき、門兵の奥から重みのある低い声が聞こえる。
「いったい何事だ?」
門兵たちの後ろから姿を現したのは、ロイド=フリージア―――教皇だった。
銀髪を後ろに撫でつけ、重厚な衣を纏いながらも威圧感を持たないその姿に兵はすぐさま敬礼をする。
そして、一瞬で道を開けた。
「―――っ。教皇!こいつは敵じゃねぇんだ!こいつは俺の―――」
エルクが必死に叫んだとき、ロイドは片手を胸の高さまで持ち上げた。
手のひらを正面に向け、まるで『待て』と言わんばかりのジェスチャーを見せる。
「いい。わかってる」
「え……?」
「その者たちを通せ」
そう言って、ロイドは三人を教会内へと導いた。
本部の厳かな回廊を歩きながら、ロイドはふと振り返る。
「いろいろ聞きたいことはある。だがその前に…礼拝堂に行ってこい。マリアのもとで心を整えてくるといい」
三人は顔を見合わせ、一旦ロイドと別れて礼拝堂に向かうことに。
静謐な光に包まれるそこは、一歩足を踏み入れると外の喧騒が嘘のように消え去る。
高い天井は奥へと続くアーチ型の柱が何本も連なり、その柱と柱のあいだにはステンドグラスが並んでいた。
天からの光を幾重にも屈折し、石造りの床にその光が映るころには淡く虹を模す。
その光景に目を奪われながら見る奥には、大理石の祭壇がある。
そこには膝を折り、一心に祈りを捧げる女性の姿があった。
金糸のような柔らかな長い髪に、深い漆黒の修道服。
首元は清楚な白い襟で覆われ、彼女の凛とした気品を漂わせていた。
差し込む光に照らされて、まるで後光のように輝いて見える彼女の名はマリア=リール。
16歳の若きシスターだ。
彼女は三人の足音に気がつき、ぱっと顔を上げてすぐに駆け寄ってきた。
「エルクっ!フィールっ!無事だったのね!」
その瞳には、はっきりと心配の色が浮かんでいた。
「なんて無茶をしてくれるのよ!事情は聞いたけど…勝手なことしすぎなんだから!」
「す、すまんって…」
エルクは目を逸らしながら頭を掻いたが、マリアはその腕をぺしりと叩く。
「言葉だけじゃ足りないわよ!…ちゃんと祈りなさい。あなたたちも」
その瞬間、マリアはひと際体の大きいライナスに目を奪われた。
しかし、一旦深呼吸して言葉を続ける。
「ほら、三人ともよ」
礼拝堂の祭壇前に案内された三人は膝を折り、静かに祈りを捧げる。
厳かな鐘の音が遠くから微かに響く中、各々目を閉じる。
すると、ライナスの背中に、マリアがそっと手を添えた。
「あなたの深い事情が救われますよう」
その後、目を開けた三人は立ち上がる。
マリアは異形の者―――ライナスの姿をじっと見つめた。
「エルク、その…そちらの方は…?」
どう聞いていいのかわからず、マリアはエルクの側に寄る。
「…いろいろあったんだよ。全部話すから」
エルクの言葉にうなずき、三人は椅子に腰を下ろしてマリアにこれまでの出来事を語り始めた。
ラインバーグ、ルーン、ユン村でのこと。
そして―――彼らと共にいる怪物が、エルクが探していた弟だということも。
マリアはその話を、息を吞みながら静かに聞いていた。
その後、少しの沈黙のあとに小さくほほ笑み、彼女はライナスに向かって頭を下げる。
「…祈ります。あなたが…元の姿に戻れますように。そして、誰かの大切な人として、もう一度幸せになれるように…」
純粋な願いに、ライナスは目を伏せた。
そして、「ありがとう」とつぶやく。
しかし、次の瞬間、マリアはエルクの前まで歩み寄り―――
「もうっ!心配かけないでよっ!」
と、勢いよく頬を平手で打った。
「いってぇ……!?な、なにすんだよっ!」
そう言うものの、マリアに心配をかけていたことは事実だった。
旅に出るときは何も言わずに出ていたし、戻ってもとくに報告しにいくこともなかった。
その度にマリアは…心配していたのだ。
「ごめん…なさい……」
子どものように頭を下げるエルクを見たフィールは、思わず吹き出しそうになりながら肩をすくめる。
「ふふ、あのエルクが謝ってる…レアすぎる」
「!!…なんか言ったか?」
「言ってません」
そのやり取りを見たライナスは、にやりと口元を歪める。
「へぇ…そっちの子、兄貴の彼女とか?」
「は!?ち、ちがっ……!!」
ライナスの言葉に、マリアが頬を赤く染める。
「ちょっ…や、やめてよライナスさんっ…!」
マリアが赤くなるのにつられて、エルクも耳を赤くする。
そしてライナスを睨みつけるものの、その目には穏やかな光が少しだけ宿っていたのだった。




