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第四章 〜影に蠢く者達〜①

馬車の車輪が道を転がり、振動が車体に伝わってくる。

朝霧がまだ尾を引くなか、林の中をエルクたちを乗せた馬車はアースヘルムへと向かっていた。


木製の座席に座る四人のうち、ライナスだけが全身ローブ姿という異様な光景だ。


「…ごめんね、ライナス。ちょっとその…見た目がアレだからさ…」


フィールの言葉に、ライナスは自身の姿を今一度確認した。

ライナスの変わり果てた体格は、身長およそ2メートル。

全身を毛で覆われており、その見た目から大手を振って移動ができないための緊急措置だった。


「―――で、お前が置かれてる状況について、もう一度聞かせてくれ」


エルクの問いに、ライナスは一つずつ思い出すようにぽつりぽつりと話しだす。


「昨日も話したけど、三年前のあの夜…俺は寝てるところを襲われたんだ。黒いローブ姿のやつらに」


その声は低く、震えてはいないものの過去を抉るような重みがあった。


「連れていかれた先は、村の祠。…あの祠の封印が俺の目の前で破られた。空が割れるように雷が鳴って、雨が降ってきて……空気が変わった」

「空気が?」

「あぁ。…異常だった。息すらまともにできなかったんだ」


ライナスは、そのときの光景を思い出したのか唇を噛む。

彼の説明ではその後、大きな稲光と同時に意識が途切れたという。


「目を開けたら…村はもう洪水でぐちゃぐちゃだった」


エルクもそのときを思い出し、膝の上で拳を握りしめる。

家々が流され、何もかもに絶望したあの惨劇の中心に立っていたライナスの姿が思い出されていたのだ。


「でも―――それ以上に怖かったのは…」


ライナスは一瞬、言葉を詰まらせた。

悲しく曇る目には、エルクの姿が映ってる。


「―――自分自身だった」

「!!」

「祠の前で立ち尽くしてる『俺』がいて…笑ってた。俺を見下ろして、にやにやと」

「それ……」

「気がついたら、黒いローブの奴らは俺に手を伸ばしてきてた。…そのとき、直感でわかったんだ。『ここにいたら殺される』って。…だから…逃げたんだ」


ライナスは俯き、肩をすくめた。


「…ただ、逃げることしかできなかった。森の中を、どれほど歩いたかもわからない。高い目線に慣れないし、俺の姿を見た旅人が悲鳴を上げて…誰にも見つかっちゃいけないと思ったんだ」


落ちる言葉に、誰もが口を開くことができない。

ライナスに、どんな言葉をかけたらいいのかわからなかったのだ。


「じゃあ、あの災害は…」

「俺のせいじゃない、そう信じてる。でも…俺がそこにいたのは確かなことだ。あのとき、何が起きたのか…俺自身、今でも信じられないんだ」


再び降りる沈黙に押しつぶされそうになるなか、その重苦しい空気を割るようにエルクが声を発した。


「なら…その『もう一人のお前』が何者なのか、見つけ出すしかねぇだろ」


それは『赦し』の言葉ではなかった。

だが、否定でもない。


「まだ全部を信じたわけじゃねぇ。けど―――少なくともお前が逃げてた理由はわかった」


ライナスはわずかに目を見開き、そして黙って頷いた。

馬車はアースヘルムの街並みに近づくにつれ、過去の真実がゆっくりと姿を現し始める。


「―――で、『契約』の話だが…」


エルクがそう切り出すと、ライナスは深く頷いた。

そして―――


「洞窟の…冷たい床に丸まって寝ていると、声が聞こえたんだ。『君の姿は呪いではない。元に戻る術はある』って…」


昨晩聞いた内容の、深部にあたる部分だ。

エルクたちは、ライナスが一体『何』と契約をしたのか探るため、耳を寄せる。


「『我と契約しよう、共にその方法を探そう』って言われて…」


その言葉を承諾したライナスの意識を、眩い雷鳴が貫いたという。

それと同時に雷光を纏った黒鉄の大鎚が現れ、『ライナス、その武器を手に取り、我と契約をせよ。されば我が守護神となろうぞ』という言葉が降った。


ライナスは手を伸ばし、その大鎚に触れた瞬間に『契約完了』という酷く無機質な声が耳の奥で響いたというのだ。


「それから、雷撃…?みたいなのが使えるようになった。でも、声はそれっきり聞こえない」


その言葉に、エルクとフィールは同じことを考えていた。

ライナスが契約をしたのは、神か精霊か、それとも―――


「なるほどな、つまりお前も『持ってる』ってことだな」


エルクの目が、ライナスの手元にある大鎚を捉える。

彼はその中にある、確かな力の気配にただならぬ雰囲気を感じ取っていた。


「契約の力だけが残った感じだけどな」


今までの話を聞いて、フィールが腕を組みながら神妙な顔つきをした。

そして―――


「うん、ライナスも僕たちと同じ『サマナー』である可能性は高いと思う。でも…何と契約をしたのか、その正体が掴めないのが不安だね」


そう言うフィールの隣に座るヴァンは、ライナスから距離を取るように椅子の端にいた。

まだ、警戒が残っているようだ。


その様子を見たエルクが小さく息を漏らしたとき、馬車の車輪が石畳を踏む硬い音へと変わる。

視界が開け、やがて高くそびえる城壁と見慣れた街並みが見え始めた。


「…アースヘルムだ。もうじき着くぞ」


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