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第三章 〜再会の森〜③

山の木々に囲まれたその土地は、日によっては濃霧に包まれ、時として昼と夜の境目さえ曖昧になるほど。

エルクとフィールが村に入ったときも、霧がうっすらと地表に広がり、木々の香りに混じって湿った土の匂いが鼻をかすめていた。


「まるで…時間が止まっているみたいな雰囲気だね…」

「ルーンのとき…みたいだな」


二人が肩を並べて歩いていると、藁ぶき屋根の家からひょっこりと顔を出す村人の姿が見えた。

よそから人が来ることなど滅多にないことから、気になって顔を出したようだ。

そして、その人数はどんどんと増えていき、気がつけば二人は十数人の村人に囲まれることに…。


「あんたたち、何しに来たんだい?」

「旅人…にしては軽装だな」

「どっから来た?」


質問攻めにあう二人は、手のひらを見せるようにして両手を胸の高さに置いた。


「俺たちは教会の者だ。最近、この村で変なことが起きてるって聞いて見に来た」


エルクが黒のロングコートの裾をはためかせながら言うと、村の子どもたちが目を輝かせながら近寄ってくる。


「ねぇ!おにいちゃん!」

「ん?」

「怪物退治に来たの!?もしかして、ヒーロー!?」

「ヒ…!?」


問いかける子どもたちに、悪気はない。

それを承知のエルクは一旦ため息を吐き、しゃがみ込んだ。


「その怪物…見たことあるやつはいるか?」


そう聞いた瞬間、パンッ…!と空気を裂く銃声が辺りにこだました。

エルクが咄嗟に目の前の子どもを抱きよせると、足元を銀色の銃弾が跳ねていったのだ。

瞬間、銃声のしたほうを見た。

そこには、アースヘルムで出会ったあの少年の姿がある。


「チッ…!出やがったな!」


子どもを村人に押しつけ、エルクは村人から距離を取るように地を蹴る。

すると、あの少年が二発目を撃つ構えを見せていたのだ。


「悪魔の使いめ…ッ!」

「―――っ!!ロキ!来いッ!!」


その声に応じて、エルクの背後の空間が軋み、闇の裂け目が走る。


「やれやれ、また呼ばれたと思ったら今度は何してるんだい?」


黒いローブを翻し、軽薄そうに少年を見つめるロキ。

状況を察したのか、気だるげに指先をくるっと回した。


「はいはい、動けなくなっちゃおうねー」


その瞬間、空気が歪み重力が少年を襲う。

しかし、それは身体全体に重力の圧をかけるのではなく、少年の足元だけ―――まるで枷でもつけるかのようにロキは調整していた。


「くそっ…離せ!!このクソ悪魔め…ッ!!」


そう言いながらもロキに銃口を向ける少年。

ロキは再び指先を回し、重力で銃を落とさせた。

そして、ロキは嬉しそうに笑いながらこう聞いたのだ。


「坊や、なんで『俺』を狙ったんだい?」


そのセリフから、エルクは自身が狙われていたわけではなかったことを悟った。

アースヘルムでの一発は、エルクの足元をかすめている。

そして、さっきの一発も足元だったのだ。


「おい待て、お前…本当にロキを狙ったのか?」


その問いに、少年は憎悪に染まった目で睨みつけながら叫んだ。


「アイツは悪魔だ!!みんな殺された!アイツみたいなやつに…っ!!


呻くような叫びだった。

言葉の端に滲むのは、怒りだけではない。

悲しみと…深い喪失の色もある。

風が揺らし、霧の隙間から差す光が少年の目に浮かぶ雫を照らしていた。


その後、エルクたちは少年を捕え、簡易的な縄で縛り上げる。

そしてその縄を持ったエルクは少年の後ろに立ち、村の通りを進んでいく。


道の先ではエルクとフィールの姿を見つけて手を振る子どもの姿がある。


「こっちだよー!お母さんが、家に来てってー!」


ひときわ元気な子どもに声をかけられ、エルクたちはその子どもの家に行くことに。

案内された家には暖かな囲炉裏があり、彼らはそこに腰を下ろす。


「…お前のこと、聞かせてもらおうか」


縄を解かずに聞くと、少年はしばらく黙ったのちに口を開いた。


「…ヴァン=ヴェイレン。エクソシストだ。正確には、外部派遣型の部隊に所属している」

「エクソシスト…!?」


フィールは目を見開いてヴァンを見た。

教会とは別系統の実戦部隊であるエクソシストという名前に驚いたのだ。


「俺の両親は悪魔に殺された。だから…俺は悪魔を見つけたら問答無用で殺すと決めてる」


その言葉に、異空間の裂け目が生まれ、そこからロキが笑いながらでてくる。


「悪魔を見たら殺す…ねぇ…ずいぶんと単純な思考回路じゃないか」

「―――ッ!黙れ!!お前みたいな黒くて得体の知れないやつが、なんで教会に出入りしてるんだ!!」


ヴァンの鋭い声に、ロキはニヤニヤ笑ったまま何も答えなかった。

ただ、人差し指を唇にあて、まるで『秘密』とでも言わんばかりの行動を見せつけている。


「おい!答えろよ!!」


ロキを目の敵のように突っかかるヴァン。

今にも縄が解けてしまいそうなほどじたばたするため、エルクが盛大にため息をついた。


「あー…もう面倒だ。教えてやれ、ロキ。俺らの立場を」


エルクのぼやきに、ロキは肩をすくめた。

そして、悠然と立ち上がり、虚空に右手を伸ばす。

淡い黒と白の光を指先に集めると、ヴァンの目が驚愕と混乱に染まり始める。


「さっき悪魔って言ってくれたけど、『神』なんだよ。ちょっと悪戯と人をからかうのが好きだけどね?」

「―――っ!嘘だ!!」

「信じたくないならそれでもいいんじゃない?別に信じてくれとは言わないし。ただ―――」

「?」

「僕を呼び出せるエルクは『神持ち』ってやつだし、れっきとした教会のサマナーってやつなんだけどねぇ」

「な…?神持ち…?」


ヴァンが目を見張る。

神と契約し、その力を行使することのできるサマナー。

しかも、その称号は教会内でもごく限られた才能を持つ者だけが得られるものだった。


「俺を撃った時点で、お前のやってることは教会に対する反逆だったってことだな」


エルクの冷静な声に、ヴァンは顔をしかめ俯いた。


「俺は…そんなつもりじゃ……」


すると、フィールが優しく口を挟んだ。


「わかってるよ、ヴァンくん。君が本気で人を助けたくて戦っていることは、今までの話でちゃんと伝わってきてる。でも、思い込みや怒りだけで動いていたら、大切なものまで失っちゃうんじゃない?」

「!!」


フィールの言葉に、ヴァンはゆっくりと顔を上げた。

その目にはまだ迷いと悔しさがにじんでいたが、少しの時間を置いて彼は頷く。


「……ごめん…なさい」


その一言に、エルクはふっと笑った。


「もういいって。お前も現場に来て確かめる権利がある。霧の夜に出るっていう怪物の正体、俺たちで暴こうぜ」

「……あぁ」


エルクはヴァンの縄を解く。

そして夕刻が近づくころ、エルクとフィール、そしてヴァンは、怪物について少年の家の縁側で彼に話を聞く。


彼はまだ十歳にも満たない少年だが、しっかりとした目を持っていた。


「―――できるだけ詳しく教えてくれる?」


こういった役目はフィールが適任だ。

そのことをフィール自身もよくわかっているらしい。


フィールに問いかけられた少年は、真剣な表情で頷いた。


「うん…。一度だけ見たんだ。夜中に畑のほうで音がして…窓からこっそり覗いたの」

「どんな姿だった?」

「えっと…」


エルクは答えが気になり、身を乗り出す。

少年は少しあいだを置いて、小さな…まるでその怪物に聞かれないようにするかのように、小さな声で言い始めた。


「霧が深くてよく見えなかったけど、おっきくて…手と足が長かった。あと、なんだかもこもこしてた。それと、なんか『着て』た」

「『着て』た?服かなにか?」

「服…うーん、レインコートみたいな…?」


エルクとフィールは顔を見合わせた。

今まで対峙してきた怪物系で、レインコートを着てる怪物を見たことがなかったからだ。


「その怪物は何をしてたの?」

「えっと…畑の小屋に入って、なんかごそごそしてた。たぶん、食べ物を…」

「そのあとは?」

「そのあとは…小屋にあった食べ物を持って、ゆっくり歩いていったの。北のほうに…」


少年の話を聞いた三人は、じっと外を見つめた。


「霧が深い夜にでた怪物…」

「今も霧が出てるねぇ…」

「…と、いうことは?」


みなまで言わずとも、三人は同時に立ち上がる。

そして少年に礼を言い、森に向かって足を進めた。


「ここから先は、俺たちの仕事だ」


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