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「私はこの国に、結婚相手を探しに来たんですよ」


 イリスに学園案内を開始して、少し経った頃。

 先日メイと話をしていた、綺麗な花の咲く庭園に通りかかると、周囲に人がいない事を確認して彼はそう話し始めた。

 びっくりするくらい本音を出すのが早かった。

 キャロルとメイがポカンとしていると、イリスは綺麗な顔でにこっと微笑む。


「だって君達、さっきの様子ですと、取り繕っても無駄でしょう?」


 そしてそうも続けた。

 確かにキャロルも、恐らくメイも、イリスにそういう対象として興味がない。

 ただ態度には出していなかったはずだ。そう思ってキャロルが首を傾げると、


「大体の人間は、初対面のアレ(・・)で落ちます」


 なんて妙に色気のある声で言われてしまった。

 アレと言うと自己紹介の時の部分だろうか。イリスは綺麗な顔で微笑んで、これでもかと言うくらい甘い声で挨拶をしていた気がする。

 確か同級生の数人は、うっとりとした顔をしていた。

 ――それにしても、自分でそれを言ってしまうあたり、なかなかの自信家である。


「私には大好きな婚約者がおりますので」

「私はあなたに異性として興味がありませんから」


 そんなイリスにキャロルとメイはそう言った。

 キャロルはともかく、メイはなかなかはっきり言い放ったものだ。

 普段はおっとりしているキャロルの親友は、たまにストレートに物を言う時がある。

 イリスも驚いたようで目を丸くしていた。そして、また楽しそうに笑いだす。


「あはは。ふふ、いいですね、君達。そう言うの、私、大好きですよ。ゾクゾクします」


 くすくす笑うイリス。ちょっと顔が恍惚としているようにも見える。

 本当にそう言う趣味の人間ではないだろうか。

 キャロルとメイは彼から一歩分だけ距離を取った。


「あら、怖がられちゃった。大丈夫ですよ。私はちゃんと、相手を選んで話していますから。私もね、自分に興味がない相手に求婚するほど、愚かではありませんし。……ああ、いえ、訂正します。嫌いではありませんけれど、そういう目で見られるのはむしろ好きです。ふふ」

「イリス殿下は、黙っていたら良かったのにと、言われた事はありませんの?」

「ありますね。行事の時は出来うる限り口を開かずただただ笑っていてくれと、頼み込まれた事があります」


 しれっと答えるイリスにキャロルは頭を抱えそうになった。

 何だか思っていたのと違う方向で大変そうな人である。

 イリスは楽しそうな笑みを浮かべたまま、近くで咲く花に、指先でそっと触れた。


「私ね、他者への愛が溢れて止まらないんです。皆、素敵に見えてしまう。だから甘い言葉を囁いて、短く、もしくは長く、恋をする。けれどそれがいけないと言われてしまった。刺された事もありました」


 その言葉にキャロルとメイはぎょっと目を剥いた。

 色々とトラブルを起こしたとは噂で聞いていたが、その内容は曖昧で、詳細はよく知らない。だから刺されたというのも初耳である。

 ……まぁ、しかし、それは当然だ。色恋沙汰で自国の王子が刺されたなんて醜聞は、さすがに広がる前に必死で止めるだろう。

 キャロル達が呆気に取られていると、


「これでも修道院で修行をしている間に、色々と考えたんです。この溢れる愛をどうすれば良いかって。そうして辿り着いたのが結婚でした」

「話の飛び方が極端では……」

「どうして? 恋をして、愛をはぐくめば、その先にあるのは結婚でしょう?」


 何とも言えない顔でメイが言えば、イリスはきょとんとした様子でそう返す。

 恐らく意識してやっているであろう、あざとい素振りで、だ。

 ただ言っている事は間違っていなくもない。人が結婚する時の流れは、大体そんな感じだ。ただそれが王族になってくると、話は変わるのだが。

 イリスはぐっと拳を握って、


「結婚をすれば、僕はその人だけに愛を注げば、愛すれば良い! ……のかもしれない」


 と言った。どうして最後を付け足したのだろうか。


「最低な発言が出ましたの!」

「コホン、訂正します。その人だけを愛します、ええ、もちろん」

「今の時点で信用がほぼ無くなっておりますね」


 キャロルとメイが冷静にそうツッコミを入れる。

 するとイリスは肩をすくめて見せた。


「……私は今まで一人だけを愛した事がないので、自信がないんですよね」


 そしてぽつりと、少々寂しそうにそう呟いた。

 これにはキャロルも目を瞬いた。

 先ほどまでの、微妙に作ったような表情や台詞と違って、本心を吐露しているように思えたからだ。

 ただまぁそれでも、まぁまぁ最低な言葉でもあるのだが。


「それに結婚をすれば、父上達も安心してくれるだろうし……」


 イリスはそうも続けた。

 あちこちでトラブルを起こしたとは聞いているものの、彼なりに家族に対しては申し訳ない気持ちも持っているようだ。

 不特定多数に対して愛が溢れて止まらないというのはキャロルも理解出来ないが、家族を想う気持ちはよく分かる。

 キャロルも家族に心配をかけた事があるからだ。


「もしイリス殿下が、本気で誰かを好きになったなら。相手に不誠実な態度を取らないのなら。私は応援しますわ」

「え……?」

「そうね。私も生徒会の一員として、殿下をサポートするように言われておりますから。本気で努力なさるのなら協力します」


 キャロルとメイがそう言うと、イリスは目を大きく見開いた。

 そして少し困惑しつつも、指で頬をかきながら、


「……ありがとう。どうしよう、こういうの初めてで……嬉しいな」


 そう言って、ふわっと微笑んだのだった。


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