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 この声はルイーズ・ハンプトンだ。

 ややあって、黒髪を揺らしたルイーズが現れ、にこやなか笑みを浮かべてクライドのところへ駆け寄る。


「もう、やっと見つけたわ! 探したじゃないの。どこへ行っていたのよ?」


 ルイーズはそう言うと、クライドの進行方向へ回り込んで、腰に手を当てて彼の顔を見上げる。

 クライドは片方の眉を僅かに上げて、


「俺がどこへ行こうと君には関係ないが」


 と素っ気なく答えた。

 ルイーズに興味がまるでないと言う様子で声に抑揚がない。

 その態度にルイーズは一瞬、うっ、と軽く詰まったが、直ぐに気を取り成して表情を取り繕う。


「つ、つれないわね。私にはあるのよ。ねぇ、クライド。今日の放課後、お暇? 暇よね? デートしましょうよ」

「暇じゃない。先約がある」


 クライドはすげなく断った。ぐう、とルイーズは顔を顰める。


(どうしましょう。立ち聞きになってしまったのだけど)


 そんな二人のやり取りを見ながら、キャロルは少し悩んだ。

 一度出直した方が良いだろうか。けれどもメイのところへ戻るのも、クライドのところへ行くにも、どうにも中途半端な位置だ。

 うーん、とキャロルが考えていると、


「え~? じゃあ、今でいいわ。教室までエスコートしてよ」


 ルイーズは自分の腕を、クライドの腕に絡ませようと手を伸ばすのが見えた。

 あっ、とキャロルが口を開く。

 それは嫌だ。それは婚約者である自分の特権なのだ。さすがに見ていられなくて、声を掛けようとした時、


「お断りだ、やめてくれ」


 クライドは不快そうに眉をひそめ、数歩後ろに下がった。

 そのためルイーズの手は空を切る。


「あん、もう。いいじゃない」

「良くない。そもそも、俺は……あ」


 嫌悪感混じりに行って、クライドは目を逸らした時、キャロルは彼と視線があった。

 クライドの目が軽く開かれる。

 とたんにクライドは、今までの不機嫌な雰囲気をパッと消して、キャロルの方へ足早に近づいて来た。


「キャロル。こんなところでどうしたの?」

「メイとおしゃべりしていたんですの。それでクライドの姿が見えたから……お邪魔じゃなかった?」

「いいや、全然。キャロルと話したかったから、嬉しいよ」


 そう言ってクライドの目尻が下がる。

 あ、これは喜んでくれている。そう思ってキャロルは微笑んだ。


「ちょっと、私が先にクライドと話をしていたのだけど。マナーがなっていないのではなくて?」


 するとルイーズがこめかみをぴくぴくさせながら、こちらへ近づいて来た。

 クライドの手前、極力笑顔を保とうとしているのだろう。しかし表情はかなり強張っている。


「私の婚約者の腕に抱き着こうとする方が、マナーがなっていないと思いますの」

「ンッ」


 キャロルがそう言った時、クライドが手で口を押えて悶え始めた。

 ついでにこの男、小声で「キャロル……もしかして嫉妬を……?」なんて呟いている。

 ここにチャーリーがいたら「こいつはどうしようもねぇ」なんてツッコミを入れていた事だろう。

 表情があまり動かないせいで、クールで格好良いと周囲からは思われているが、中身はなかなか残念な男である。


「クライド? だ、大丈夫ですの? もしかして具合が……」

「い、いや、問題ない。それに彼女とのお話はもう終わったから、行こうキャロル」

「えっ!? 終わっていないわよ! ねぇ、クライド! ねぇ、ちょっと!」


 クライドは機嫌良さそうにキャロルの手を握ると、騒ぐルイーズを放って歩き出す。

 ルイーズは追いかけてきたが、クライドが無視を決め込んだものだから、途中で諦めて「もう!」と憤慨して帰って行った。

 彼女の足音が遠ざかるのを耳で確認してから、クライドはちらりと後ろへ視線を遣る。

 それから、はぁ、とため息を吐いた後、


「……ありがとう、キャロル。実はちょっと困っていたんだ」


 と言った。どうやら辟易していたらしい。

 キャロルはにこっと笑った。


「お役に立てたなら何よりですわ!」

「とても。あ、ところで、キャロルは俺に何か用事があった?」

「はいですの! ……えっと、その、差し入れを」

「差し入れ?」


 クライドは僅かに首を傾げる。

 キャロルは鞄の中から、ひょいとカレーパンの包みを取り出して、クライドに手渡した。


「カレーパンを作って見ましたのよ」

「良い香り……って、作ってみた? もしかして、これってキャロルのお手製……?」

「うちのシェフに教わって頑張ってつくりましたの!」

「ンンッ」


 クライドは空いた手で口を押え、再び悶え始めた。

 ここが学園でなかったら、床をごろごろ転がるか、クッションに頭を何度も打ち付けていた事だろう。

 キャロルが関わって来ると、まぁまぁクライドはおかしくなる。恋とは人を狂わせるものである。


「た、食べていい?」

「どうぞですの!」


 キャロルは頷くと、ドキドキしながら、クライドがカレーパンを食べるのを見守る。

 ちゃんと味見はしたし、美味しく出来ていた。メイにも褒めてもらえた。

 問題はこれがクライドの好きな味かどうかである。キャロルが緊張の面持ちで見つめていると、


「……美味しい、俺の好きなカレーの味だ。……ありがとう、キャロル。嬉しいよ」


 とクライドがほんの少し微笑んでくれた。

 ふわっ、とキャロルの胸が温かくなる。

 キャロルはそれからぶるぶる震えた後、


「胃袋作戦第一弾、成功しましたわー!」


 と両手の拳を天に突き挙げて、喜びの声を上げた。

 クライドは目をぱちぱちと瞬く。


「胃袋作戦?」

「うふふ。こっちのお話ですの!」


 キャロルは満面の笑みを浮かべると、


「これからも頑張りますわ!」


 なんてクライドに宣言する。クライドは目を丸くした後、


「これからも……差し入れを……!?」


 なんて、食べかけのカレーパンを両手に持って悶えた。

 本当にキャロルに関してはどうしようもない男である。




◇ ◇ ◇




 ――そんな二人を、物陰からじっと見つめる目があった。

 怒って帰って行ったはずのルイーズ・ハンプトンである。


「どこかからカレーの香りがすると思ったら……なるほど、そういう事」


 そう呟くと、彼女は口の端をニヤリと上げた。


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