第98話 山頂へと
ザガートが村に掛けられた呪いを解いた日の翌朝……まだ太陽が昇り始めたばかりで、周囲が明るくなっていない頃。
柵に覆われた村の出口に、出発の準備を終えたザガート達一行が立つ。彼らを見送るべく数十人の村人がいる。その中には村長カルタスや、鬼姫と一緒に遊んだ子供達の姿もあった。
一行の前に大きな山があり、村から山頂に向かって蛇のように畝った山道が続いている。一行は山の頂上に棲むというデーモン討伐に向かう為、山道を歩いていく事となる。
山頂へ向かおうと鬼姫が歩き出した時、魔王が彼女の肩に手を掛ける。
「鬼姫……お前はここに残れ」
彼女一人だけ村に残るよう命じる。
「なんでじゃ! 我も一緒に行くのじゃ!!」
鬼姫が声を荒らげて猛抗議する。自分だけのけ者にされた事に深く憤る。
「そうむくれるな……何もお前を仲間外れにしようと言うのではない。これにはちゃんとした理由がある」
顔を真っ赤にして怒り出す鬼姫を、魔王が慌ててなだめる。
「俺達が村を留守にしている間に、敵が別働隊を率いて攻めてくる可能性は十分に考えられる。もしそうなった時、誰かが村を守らねばならん」
万が一に備えて、村に戦力を残す必要性を説く。魔族が襲来した時村を守る使命を彼女に任せたいのだという。
「こんな事を頼めるのは、お前しかいない……」
最後に女の肩に手を乗せて、念を押すように言葉を掛けた。
男の表情は真剣そのものだ。決して嘘やでまかせを言っている訳ではないのが伝わる。女を足手まといに感じたのではなく、むしろ力を頼りにしているのが分かる。
鬼姫が返答に迷った時、誰かが着物の裾をグイッと引っ張る。着物を引っ張った方角に目をやると、きのう一緒に遊んだ少女メイがいる。
「お姉ちゃん……」
メイが不安そうな表情で女の顔をじっと見る。あえて声に出さずとも、村に残って欲しい心情が伝わる。魔族が攻めてくる可能性を知らされて、心細さを感じたようだ。
「しょ……しょうがないのう! そこまで言うなら、留守役を任されてやるわい!!」
鬼姫が困ったような顔しながら、魔王の申し出をしぶしぶ承諾する。男の言い分に説得力があった事、メイが泣き出すかもしれない流れから、村に残る提案を受け入れた。
「その代わり……何としても山に棲むデーモンを討伐するのじゃぞ」
自分が村を守る間に魔物のボスを倒す事を、強い口調で託す。
「ああ……任せてくれ」
ザガートは女の言葉にコクンと頷いて答えた。
◇ ◇ ◇
鬼姫に留守を任せた一行は、住人の声援に送られながら村を後にする。
魔物のボスがいるであろうとされる山の頂上を目指して歩き出す。
村から頂上へと続く道は草の生えた砂利になっていたが、徒歩でも十分に登れる角度のなだらかな斜面だ。山道の両脇にある獣道へ進もうとしない限り、滑落する心配も無い。
道の横幅も馬車三台が余裕で通れるほど広く、敵と遭遇しても戦えるだけのスペースがあった。
ザガートは山頂を目指してズカズカと早足で歩く。ルシル達三人は黙って彼の後に付いていく。和気藹々と言葉を交わしたりしない。
一行が数分ほど山道を歩き続けた時……。
「……待て」
ザガートがそう口にして、右手をサッと横に振る。
彼の指示に従い、少女達が立ち止まる。
ザガートは誰もいない砂利道をじっと眺めていたが……。
「……いつまでもそこに隠れていないで、出てきたらどうだ」
姿を見せるよう言葉を掛けた。すると彼から数メートル離れた場所にある大地の土が、モコモコッと盛り上がる。それも一箇所や二箇所ではない。一行を取り囲むように円状に配置された八つの地点が、同時に盛り上がる。敵に包囲されたようだ。
最初に盛り上がった土がバァンッと音を立てて弾けると、大きな人影が立っていた。
背丈四メートルほどにもなる、筋骨隆々とした全裸の悪魔……背中にコウモリの羽を生やし、全身の皮膚は暗めの赤色に染まり、首から上は山羊の頭になっている。
それは一度はザガートが戦った経験のある、レッサーデーモンと呼ばれる怪物だ。
一体が姿を見せると、他の七体も後に続くように土の中から姿を現す。
皆同じレッサーデーモンだ。別の魔物は混ざっていない。
以前ヒルデブルク城で大臣に化けた時は一体で出てきたが、今回複数で出てきた辺り、量産型の魔物だったようだ。
「フフフッ……地獄ヘヨウコソ、異世界ノ魔王。我々ガ手厚ク、モテナシテ差シ上ゲヨウ」
最初に姿を見せた一体が不敵な笑みを浮かべながら挨拶する。ジョークの利いた言い回しで、一行を歓迎する意思を伝える。
「ココガ貴様ノ墓場トナルノダ! 死ネェェェェエエエエエエーーーーーーーーッッ!!」
死を宣告する事を発すると、魔王めがけて全速力で駆け出す。近接戦の間合いに入ると右手をグワッと開いて、鋭い爪で相手を引き裂こうとした。
「爆ぜよッ! 汝の身に宿りし力、外へ向かう風とならん!」
ザガートが正面に右手をかざして呪文の詠唱を行う。彼の手のひらに青白い光が集まっていき、圧縮された光弾になる。
「……絶対圧縮爆裂ッ!!」
魔法の言葉を叫ぶと、手のひらで生成された光弾がデーモンめがけて一直線に飛んでいく。光球に触れると、悪魔の体が沸騰した湯のように泡立つ。
「バッ……グギャァァァァァァアアアアアアアアッ!!」
断末魔の悲鳴を発した瞬間、デーモンの体が空気を注入しすぎたタイヤのように破裂して、粉々に弾け飛ぶ。黒焦げになった肉片が大地に散乱する。
「オノレェェェェエエエエエエーーーーーーッッ!!」
他のデーモンが仲間の死に激昂する。
一行の後ろにいた二体が、怒りに身を任せて突進する。
「業火よ放て……火炎光矢ッ!!」
ルシルはすかさず後ろを向くと、両手のひらをかざして攻撃魔法を唱える。彼女の手のひらから煌々と燃えさかる梨くらいの大きさの火球が、一度の詠唱で二発撃ち出された。
火球はそれぞれのデーモンの目を正確に狙い撃ち、悪魔の顔面が一瞬にして炎に包まれる。
「グアアアアアアッ!!」
「ギャァァァァアアアアアアッ!」
顔を焼かれる痛みに悪魔が悲鳴を上げる。あまりの激痛に耐え切れず、顔面を両手で覆ったまま膝をついてしまう。
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
相手の隙を見逃すまいと、レジーナが勇ましい雄叫びを上げながら突進する。両手で握った一振りの剣を横薙ぎに振って、敵の胸元に斬りかかる。
彼女の剣の切れ味は凄まじく、デーモンの心臓がある胸元が切り裂かれると、傷口から真っ赤な血が噴き出す。致命傷を負ったデーモンは前のめりに倒れて、悲鳴を発する間もなく息絶えた。
「オイラもやるッスよ!」
仲間に負けじとばかりになずみがもう一体のデーモンに向かって駆け出す。背中の帯に挿してあった鞘から短刀を引き抜くと、逆手に持って構える。
「ムゥンッ!」
地に膝をついていた悪魔が慌てて立ち上がり、強く握った右拳を高々と振り上げて、少女めがけて振り下ろそうとする。
拳が触れようとした瞬間なずみの姿がワープしたように消える。直後一陣の突風が吹き抜けると、デーモンの背後に刀を振った構えの少女が姿を現す。
「……ガッ」
後ろを振り返ろうとしたデーモンの首に一本の赤い線が走る。そこが切断面となり、悪魔の首がゴトリと地面に落ちる。首を失った胴体は大量の血を噴きながら崩れ落ちるように地面に倒れた。
(ほう……三人とも腕を上げたな)
瞬く間に二体のデーモンを仕留めた仲間の戦いぶりを見て、ザガートが満足げな笑みを浮かべる。彼女達の実力が底上げされた事を心から喜ぶ。
以前の彼女達であれば、レッサーデーモンに勝てなかっただろう。だが今は違う。強化魔法無しで中級の魔物と戦っても互角に渡り合える力がある。
旅を続けていれば魔物に襲われる機会は多い。それら全てを魔王に任せたりせず、倒せる魔物は彼女達自身の手で倒す事で、順調に経験を積み重ねていた。
どれだけ魔王が強かろうと、いずれ彼女達の力が必要になる日が来るだろう……ザガートはそう確信を抱くのだった。




