第96話 全状態治癒
「……胸糞が悪くなる話だな」
ザガートが思わずそう口にする。声に怒気を含んでおり、表情がみるみる怒りの色に染まる。眉間に皺が寄り、全身をわなわな震わせて、今にも爆発寸前になる。
黙って村長の話に耳を傾けていた彼であったが、内心ではデーモンに対する怒りをフツフツと煮え滾らせていたようだ。
「村長、もう何も心配する必要は無い。俺に全て任せてくれ。この村に掛けられた呪いを今すぐ解いてやる」
前に一歩踏み出して村長の肩に手を掛けると、頼もしい言葉を吐く。自分ならデーモンの力に対抗できる事を強い口調で伝える。
魔王はズカズカと歩いていって表通りのド真ん中に立つと、天を仰ぐように両腕を左右に広げたポーズを取る。
「我、魔王の名において命じる……呪いよ消え去れッ! 解呪魔法ッ!!」
その構えのまま大きな声で叫ぶと、彼を中心として白い光が村全体に向けて放たれた。すると村に吹き抜けていた淀んだ風が止み、澄んだ山の空気へと変わる。
「全ての毒よ、聖なる力により浄化されよ……状態治癒ッ!!」
続いて両手で印を結んで、魔法の言葉を唱える。天から金色に輝く陽光が射し込んで、村全体を明るく照らしだす。
家の外にいた村人が、その光に触れた途端……。
「おっ……おおおおおっ!」
歓喜の言葉が漏れ出す。それまで死人のような表情を浮かべていたのが、一転して明るい笑顔へと変わる。重い荷物から解放されたように背筋がピンと伸びて、体がシャキーーンと活力に漲る。
「んっ……お姉ちゃん?」
ルシルに抱かれていた少女も目を覚ます。眠たそうに瞼を擦って体を起こし、何事も無かったかのように「ふぁーーっ」と大きく口を開けてあくびする。熱は完全に引いており、すっかり元気な姿になる。
魔王の術は村に掛けられた呪いを解くだけでは飽き足らず、病気に蝕まれた住人の体調を全回復させた。それにより本来の健康を取り戻したのだ。
「おっ……おおっ……うおおおおおおおおっ!!」
感極まった村の住人達が大きな声で叫ぶ。体調が良くなった感動のあまり居ても立ってもいられなくなり、感情の赴くままに魔王へと駆け寄る。
「ありがとう! ありがとう、異世界の魔王様っ!」
「アンタは村を救った英雄だ!」
「ありがたや……ありがたや」
「この村は貴方がたの来訪を心より歓迎するっ!」
感謝の言葉が口から漏れ出す。皆が救世主の来訪を大いに喜び、どんな恩でも返したい気分になる。村を訪れた当初は不調により元気を無くしていたが、これが本来の姿なのだろう。
数十人の村人は魔王を取り囲むと、「ワッショイ、ワッショイ」と声に出して胴上げを始める。男の体が何度も宙を舞う。ザガートは村人のテンションの高さに内心戸惑いを覚えながらも、満更でも無さそうに彼らのなすがままにさせる。
「良かった……」
村人が喜ぶ姿を見てルシルが安堵の笑みを浮かべていると……。
「ささ、アンタ達もこっちへおいで! おいしい料理作ってあげるよ!」
「旅の話を聞かせてくれ!」
「お姉ちゃん達、一緒に遊ぼう!」
胴上げに参加しない村人が少女達の方へと集まってくる。それぞれ思い思いの言葉を口にしながら彼女達の手を引っ張る。
ルシル、レジーナ、なずみは村人に連れて行かれ、鬼姫だけがその場に残る。
「やれやれ、全く……ヒト族は現金じゃのう。付いていけんわい」
一人ポツンと取り残された鬼姫が呆れたように言う。さっきとは打って変わって大はしゃぎする村人達を、腕組みして「フフンッ」と鼻息を吹かせながら、冷めた目で見る。自分だけは違うと言いたげな態度を取る。
彼らから距離を置こうと鬼姫がスタスタ歩き出した時、何者かが着物の裾をグイッと引っ張る。着物を引っ張った方角に目をやると、幼い少女がいる。
その少女は先ほど一行が助けたメイという女の子だ。鬼姫を珍しいものを見るような目でじーーっと見る。声を掛けようかどうか迷ったように上目遣いで彼女の方を向いたまま体をモジモジさせた。
少女のすぐ後ろに、同じくらいの年代の子供が四人いる。少女の友達だろうか。
「お姉ちゃん……あたし達と鬼ごっこして遊ぼう」
メイが勇気を振り絞ったように顔を上げて口を開く。自分達と一緒に遊ぶよう誘う。
「何じゃ……ごっこもなんも、我は本物の鬼じゃぞ? お前達を食ろうてしまうやもしれん。お前達、妾が怖くないのか?」
鬼姫がイタズラ半分に子供を脅かすように、両手をグワッと開いて大きく口を開けたポーズで「がおーーっ」と声に出す。子供を食べるかもしれない脅威を伝えて、それでも自分を恐れないのかと問う。
「怖くないよ。だってお姉ちゃんが怖い人だったら、魔王様が連れて歩いたりしないもん」
メイがニッコリ笑いながら答える。善良な魔王が従えている事を根拠として、鬼姫が自分達を襲わないだろうと確信を抱く。
「それに……あたしの死んだお姉ちゃんにソックリだから」
儚げに顔をうつむかせると、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でボソッと呟く。亡き姉の面影を鬼姫に重ねた事を口にする。
大好きだった肉親に似ていた事も、少女が女を恐れない理由の一つだろう。
「フン……全く、しょうがないのう。お前達といると、どうも調子が狂うわい。だがまぁ、我もちょうど暇を持て余しておった所じゃ。うぬら、我の遊びに付き合わせてやろうかの」
鬼姫が困ったような顔をして尻を手でボリボリ掻きながら返答する。敢えて言い訳じみた言葉を吐きながら、子供達と遊ぶ事を承諾する。
「やったぁ! わぁーーーい!」
メイが嬉しそうに大はしゃぎする。胸に湧き上がる感動のあまりウサギのようにピョンピョン跳ね回ると、女の手を強く引っ張って、子供達の遊び場である空き地に連れて行こうとする。他の子供達は彼女を後ろからグイグイ押す。
鬼姫は子供達のテンションに乗せられるがまま連れて行かれる。
(全く……本当におかしな童どもじゃ)
そんな言葉が胸の内をよぎる。今まで味わった事が無い不思議な感情を覚えて、妙にくすぐったい気持ちになる。それが何なのか、鬼姫にはよく分からなかった。




