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第92話 鬼姫、刀を振るう。

 カフカが魔王を殺す切り札として呼び出したもの……それは東の国の妖怪をべる女の悪魔、『鬼姫オニヒメ』だった。


 鬼姫は配下の鬼を桃太郎に皆殺しにされて、鬼が自分一人だけになった身の上を明かす。一族を滅びの未来から救うために、強い雄の子をはらむ事をもくろむ。その最有力候補として魔王に目を付ける。

 勝負を持ちかけて、戦いに勝ったあかつきには魔王を婿むことして迎え入れる事を声高に宣言するのだった。


 むろんそのような事が受け入れられるはずもなく、魔王が対決の意思を鮮明にする。もはや両者の激突は避けられない状況となる。


「悪いが手加減できぬぞ……どうせ殺してしまっても、後で生き返らせてやれば済む話なのじゃからな……フッフッフッ」


 鬼姫が邪悪な笑みを浮かべて殺意をき出しにする。本気で戦った結果相手を殺す事になったとしても、何らかの手段で蘇生させるむねを伝える。

 彼女のすぐとなりに空間の裂け目が生じると、そこに手を突っ込んで、さやに収まった一振りの刀を取り出す。刀を抜くと鞘を地面に放り投げて、つかを両手で握って構える。鋭い刃が日光を反射してキラリと輝く。


「名刀マサムネ……これに並ぶ刀は五振りと存在しないと伝えられる、伝説の刀じゃ! その切れ味は腕の立つ者によって振るわれれば、アダマンタイトをも切り裂くという……元はモモタロウの愛刀じゃったが、封印される間際にわらわが奪ってやった。それからは我の所有物じゃ。これをこの戦いで使わせてもらう」


 鬼姫が刀について詳細に教える。かの国において語り継がれし伝説の刀なのだという。それを武器として使う事を告げる。


くぞ、魔王ッ! 我が腕の中で息絶えるがよいわぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 死を宣告する言葉を発すると、正面の敵に向かって全速力で駆け出す。近接戦の間合いに入ると、刀を高く振り上げて魔王のひたいめがけて全力で振り下ろそうとした。

 刃先が触れようとした瞬間、魔王の姿がワープしたようにフッと消える。刀は誰もいない床をガッと切り裂いて、石ころと砂が大量に飛び散る。


「!? ヤ……ヤツは何処じゃ!!」


 敵を見失った事に鬼姫が慌てふためく。予想を上回る相手の速さに動揺しながら左右をキョロキョロ見る。


「俺はここだ……」


 声が聞こえた方角に慌てて振り返ると、五メートル離れた女の背後に魔王が立つ。相手の攻撃に一切動じる事なく、腕組みしたまま余裕の表情で見下ろす。


「こっ……このぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」


 鬼姫が悔しまぎれに大声で叫びながら走り出す。またも刀を縦に振って男に斬りかかろうとした。

 ザガートはサッと横に動いて相手の斬撃をかわす。大振りの一撃を空振った鬼姫がバランスを崩して前のめりに転びそうになる。


「フンッ!」


 魔王はかつを入れるように鼻息を吹かすと、鬼姫の尻を全力でひっぱたく。尻を叩かれた衝撃で女の体がポーーンと前方に吹っ飛んでいく。


「のわぁぁぁぁぁぁあああああああああっっ!!」


 鬼姫が驚くあまり滑稽こっけいな奇声を発する。受身を取れずうつせに地面に倒れると、両腕と両脚を伸ばした大の字のポーズになってしまう。魔王に叩かれた尻はパンパンにれ上がっており、焼いたもちのようになる。

 刀は彼女の右手に握られたままであり、手元から離れてはいない。


「散々大口を叩いておいて、その程度とはな……これならギースの方がまだ骨があったぞ」


 ざまな格好をさらけ出した鬼姫に魔王が侮蔑の言葉を浴びせる。先に戦った傭兵を引き合いに出して、女の情けなさに落胆の意を示す。


 地面に倒れていた鬼姫がゆっくりと上半身を起こす。両腕を支えにして二本の足で立ち上がると、相手の方へと向き直る。

 彼女の表情は怒りに満ちている。顔を真っ赤にして両肩をプルプル震わせると、目に涙が浮かんで今にも泣きそうになる。


「……よくも」


 ボソッと小声でつぶやく。


「よくも……よくもわらわを侮辱してくれたなッ! 許さん! 絶対許さんぞ、貴様ッ! 我にはじをかかせた事をあの世で後悔させてやる!!」


 腹の底から湧き上がる憤激を声に出してブチまけた。鬼族のプライドをけがされた怒りのあまり全身の血管が煮えくり返り、爆発寸前になる。相手を一分一秒たりとも生かしておけない気持ちになる。


「ぬぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」


 気迫のこもった雄叫びを発すると、敵に向かって脱兎だっとの如く駆け出す。


「おりゃりゃりゃりゃーーーーーーーーっ!!」


 勇ましい掛け声と共に、両手で握った刀をブンブン振り回す。高速の連撃を放って相手をメッタ斬りにしようとする。

 ヤケクソ気味に振られた剣を魔王が紙一重でかわす。完全に相手の動きを見切っており、華麗にダンスを踊っているようにヒラヒラと避ける。一撃たりとも当たりはしない。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 やがて鬼姫の刀を振る腕が止まる。呼吸は乱れ、全身からブワッと汗が噴き出て、表情には疲労の色が浮かぶ。足がガクガク震えており、立っているのもやっとだ。体力が底を尽きたのが一目で分かる。


「そらっ」


 ザガートは小馬鹿にするように声を発すると、疲れて動けなくなった鬼姫のひたいにデコピンを食らわす。バチィィーーーンッ! と小石が叩き付けられたような大きな音が鳴る。


「ぐああああああああっ!!」


 鬼姫が大きな悲鳴を上げながら後ろに吹き飛ばされる。地面に叩き付けられてゴロゴロと転がっていった挙句、仰向けに倒れたまま動けなくなる。吹き飛ばされた拍子ひょうしに刀を手放してしまう。


「ううっ……」


 女が痛そうに声を漏らしながらひたいを両手で押さえる。デコピンされた箇所は赤くれており、かなりの激痛を負ったように見える。

 鬼族の王を軽く吹き飛ばしたデコピンの威力は凄まじいものだ。もし受けたのが普通のデーモンなら、首から上が千切ちぎれてバラバラに消し飛んだだろう。


「お前に勝ち目など無い……いい加減、諦めて降参したらどうだ」


 倒れたまま起き上がらない女に魔王が降伏を勧める。力の差は歴然としており、戦いを続ける事の無意味さを説く。


「……まだじゃ」


 鬼姫がそうつぶやきながら体を起こす。痛みをせ我慢するように涙目になりながらも、憎々しげな表情で魔王をキッと睨む。戦意は失われていない。


「我は東の国をべる妖怪の王……鬼族のおさなるぞッ! その我が、西洋の悪魔の王に負けるなどという事は、断じてあってはならぬ! 東の誇りにかけて……鬼族の誇りにかけて、貴様に負けてなどおられぬのじゃ!!」


 決して引き下がれないプライドがある事を口にして、気迫によって奮い立ったように二本の足で立ち上がる。怒りで闘志に火がいたのか、表情がやる気でみなぎっている。先ほどの疲れも完全に吹き飛ぶ。


 何か策を思い付いたのか、刀が落ちた場所に向かって全力で走り出す。床に落ちた刀をすかさず手で拾い上げる。


「これでも食らうがよいわ!!」


 そう叫ぶやいなや、手にした刀を魔王に向かって投げ付けた。


「フンッ!」


 魔王は余裕ありげに鼻息を吹かすと、飛んできた刀を水平チョップで弾く。カァァーーーンッ! と音を立てて弾かれた刀が宙を舞う。

 攻撃を防がれても鬼姫は慌てる様子が無い。それどころか意味深にニヤリと笑う。


 クルクル回転しながら地上から十メートルほど離れた上空を舞った刀が、ザガートの真上でピタリと止まる。刃を下に向けたまま垂直に落下する。自ら意思を持ったように魔王の脳天に突き刺さろうとする。


「ザガート様ぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 魔王がくし刺しにされそうになった光景を目にしてルシルが叫ぶ。

 鬼姫は自らの勝利を確信する。その瞬間――――。




 ザガートは正面を向いたまま、頭上に落下してきた刀の刃を素手でつかむ。鬼姫の近くにある地面に向かって力任せに投げ付ける。床に叩き付けられた刀がカンカンッと音を立てて転がる。

 魔王は一連の出来事に全く動揺していない。最初からそう来ると読んでいたような落ち着いた対処ぶりだ。


「直接手を触れずに刀を操るとは、面白い術だ……だが不意打ちで殺されるような俺ではない」


 魔王が余裕に満ちた言葉を吐く。相手の能力に感心しながらも、奇襲では自分を殺せない事を説く。


「……」


 鬼姫は下を向いたまま男の言葉に反論しない。しばし物思いにふけるように黙り込んだが、やがて答えが見つかったように床に落ちた刀を拾い上げる。しばらく使わない事を決めたように刃を床に突き立てる。

 刀を手放すと、数歩前へと進む。


「……これまではほんの小手調べに過ぎん。我の本分は剣術ではなく魔法なのじゃからな……ここからが我の力の見せ所じゃ」


 今までの戦いが本気では無かった事、魔術においてこそ本領が発揮される事を告げる。


「鬼族の力……目に焼き付けて死ぬがいい!!」

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