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第91話 種馬になる気は毛頭ない

「俺と勝負……だと!?」


 魔王が一瞬我が耳を疑う。とても正気の言葉とは思えず、困惑せずにいられない。

 いくら鬼姫が強いと言っても、魔王からすれば完全に格下の相手だ。ネズミに勝っていきがったイエネコが、野生の虎に戦いを挑むようなものだ。

 互いの力量差を理解していないであろう女の発言はあまりに無謀だった。


(オーラの量を見る限り、鬼姫の強さはアスタロトのおよそ二倍……だが俺はヤツの二十倍ある。つまりこの女の強さは、俺の十分の一程度……という事になる)


 彼我ひがの戦力差について分析を行う。

 生物はそれぞれ強さに応じた量のオーラを発しており、それらは普通の人間には目視できないが、ザガートなら見る事が出来る。それによりアスタロトの何倍の強さか、大まかに判定する。


「……それでお前はもし勝負に勝ったら、俺に何をさせるつもりだ?」


 魔王はゴホンとせき払いをして平静を取りつくろうと、一つの疑問をぶつける。勝ったら相手に言う事を聞かせる条件を提示した以上、何らかのかなえたい願いがあるだろうと考え、じかに聞いて確かめようとした。


「……知りたいのなら教えてやる。知っての通り、わらわは東の国を荒らして回る『鬼』族のおさじゃった。じゃが我は封印され、我以外の鬼は全員モモタロウに討ち取られた。この世に鬼は我一人だけになってしまったのじゃ……」


 魔王の疑問に鬼姫が答える。自分以外の鬼が死んでしまった事、しゅとしての存続があやぶまれた事を伝える。下を向いたまま深刻そうなおもちで語る彼女の様子からは、一族の未来を案じた身の上がうかがえる。


「我は何としても一族を再興せねばならぬ。そのためには強い雄の子をはらみ、鬼の子をたくさん産まねばならぬのじゃ……」


 思い直したように顔を上げると、滅亡を回避する打開案として、屈強な遺伝子を持つ男性とセックスする考えがあった事を明かす。


「魔王よ……もしわらわが勝負に勝ったら、お主には我の婿むこになってもらう。フッフッフッ……もしお主と我がズッコンバッコンすれば、さぞかし強い子が産まれるじゃろう。それによってかつての栄華を取り戻すのじゃ」


 魔王を自信満々に指差すと、先ほどの疑問への回答として、魔王との間に子を作る計画があった事を口にする。とても良いアイデアを思い付いたと言わんばかりにふくみ笑いしており、一族が再興した光景を思い描いてニタァッとなる。


「なっ……何ぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいっっ!?」


 レジーナが驚きのあまり大きな言葉を発する。その声量はあまりに大きく、大地が揺れて、空気がビリビリと振動する。空を飛んでいたカラスの群れが空気の振動に驚き、慌てて反対方向へと逃げていく。

 これまで黙って話を聞いていた彼女であったが、鬼姫のあまりに突拍子もない発言に動揺せずにいられない。


「きっ……貴様、魔王とあんな事やこんな事をして、気持ちよくなってスッキリした挙句に子供を産むだと!? ふざけるなッ! そんな事、断じてさせてたまるかッ! そんなにオスの子種が欲しけりゃ、そこいらの男でも捕まえて好きなだけヤッてろ! この淫乱エロババアがッ!!」


 興奮した猛牛のように鼻息を荒くして顔を真っ赤にしながら猛抗議する。とても王女とは思えない汚い言葉を吐いて、鬼姫を徹底的にこき下ろす。見た目も性格も完全にじょのそれである相手に魔王を取られまいと激しく息巻く。


あねさんの言う通りッス! オイラの目が黒いうちは、師匠に指一本触れさせないッス!」

「抜けがけは許しません! ザガート様は私達のものです!!」


 なずみとルシルが後に続くように口を開く。王女の言葉に賛同し、いきなり現れた痴女に愛する者を奪われまいとする。


「かよわき人間のメスどもが、いっちょまえにしゃしゃり出るでない! 人間と悪魔が子を作るより、鬼と悪魔が子を作ったほうが良いに決まっておろう!!」


 鬼姫も負けてはいない。三人を前に一歩も引かず、理屈を並べ立てて反論する。人外である自分こそ魔王の子を産むに相応しいと主張する。


 一人と三人は互いに一歩も譲らず大きな声でギャーギャーわめく。最後は議論にすらならない悪口の応酬になる。完全に魔王の意思を無視したののしり合いになる。


「お前達、いい加減にしないか! このままではらちが明かんッ!!」


 ザガートが両者の間に割って入る。自分そっちのけでケンカを始めた彼女達を止めようとした。三人は大人しく引き下がったものの、鬼姫は不満げにブツクサと文句をれる。後ろを向いたまま、親にしかられた子供のようにほっぺたをふくらませてむくれる。


 魔王は一旦場を収めると、鬼姫の方へと振り返り、冷静に口を開く。


「鬼姫よ……お前の考えは分かった。だが生憎あいにくとこちらも、お前の種馬になってやる気は毛頭ない。鬼族の未来とやらにも興味は無い。俺を従わせる事がお前の望みだというなら、こっちも全力で抵抗させてもらう」


 恰好かっこうを付けるようにマントを右手で開いて風にたなびかせると、鬼姫に従属する意思が無い事を明確にした。

 婿むこになるという事は、相手が上の立場となって結婚するという事だ。一国の王になる事を目指す者にとっては到底受け入れがたい話だ。

 遺伝子目当てのセックスを強要されるのも心象が良くない。それは魔王にとって極めて不本意な事だ。いくらくさそうな美女とセックスできるからといって、安易に喜べる話ではない。断る以外に選択肢など無かった。


「フフッ……最初はなから了承してもらえるなどとは思っておらん。むしろそうでなければ面白みが無い。精一杯、骨のある所を見せてもらわんとのう。力の強いオスを屈服させて、我がしもべにする……そうであってこそ、強い鬼の子が産まれるのじゃからな」


 鬼姫が得意げに鼻息を吹かせながら強気な笑みを浮かべる。魔王が反骨心を見せてくれた事を心から喜ぶ。勝負に打ち勝って一族を繁栄させる光景を想像して胸をおどらせた。




 ……それまで床に倒れていたカフカがムクッと起き上がる。意識はハッキリしており、気絶したフリしたまま話を聞いていた彼だったが、戦いに巻き込まれぬよう崩れかけた神殿の壁にササッと身を隠す。


(……もうこのさいなんでもいい! とにかく魔王をブチのめしてくれ!!)


 鬼姫が勝ってくれるよう願いながら、戦いを見届けるのだった。

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