第84話 ゼタニアの町
ギースが廃墟の下調べをした翌日……ザガート達一行は廃墟から二キロ南にあるというゼタニアの町に着く。ここで旅の疲れを癒しつつ、物資の調達、情報収集を行うと決める。
町を囲む城壁、その唯一の入口である門から中へと入る。門には二人の兵士がいたが、既に魔王の名声は知れ渡っており、一目見ただけで彼らだと分かったため、軽く挨拶しただけで通す。魔王が労いの言葉を掛けると、二人は感激しながら頭を下げる。
ゼタニアの町はグラナダより規模こそ小さかったが、人の通りは多く、十分活気に満ちていた。魔王軍の脅威に怯える薄暗さは感じられない。
一行が表通りを歩くと、すれ違う人々がヒソヒソと小声で噂したり、魔王の姿を見て驚いたり、応援の言葉を掛けたりする。反応は様々だが、悪印象は抱いていないように見えた。
表通りを行き交う人々を目にして、ザガートはある事実に気付く。
「冒険者の数が多いな……」
ふとそんな言葉が口を衝いて出た。
グラナダの町は人こそ多かったが、冒険者の数はそれほどでも無かった。街中を巡回したのは領主に仕える兵士であり、彼らが治安を守っていた。
ここゼタニアにも町を守る兵士はいたが、それよりも冒険者の数が圧倒的に多い。商人よりも多く、そこかしこで目にする。
治安が悪い訳ではないが、剣と鎧で武装した戦士や、ローブを羽織った魔法使いをそこら中で見かける光景はある種の異様さを感じさせる。それはグラナダの町にあったような清潔感ではなく、『荒くれの町』と呼べるものだ。
「フフフッ……気付いたようだな、ザガートよ」
魔王の言葉を聞いてレジーナが誇らしげなドヤ顔になる。腕組みしたまま鼻の穴おっぴろげたゴリラ顔になりながら、フンフンと鼻息を吹かす。城の本棚で得た知識を披露したくてウズウズしたようだ。
「ここゼタニアには大陸随一とされる冒険者ギルドがある……交通の要衝となっている事もあり、各地から高額の依頼が届くんだ。それを目当てに腕の立つ連中が集まる。彼ら相手に商売する武器商人、酒場、果ては娼館に至るまで……様々な人が集まる。いつしか町はこう呼ばれるようになった。『冒険者の町』……と」
町の詳しい成り立ちについて話す。この地に大陸中から魔物討伐の依頼が集まった事、それに冒険者達が引き寄せられた事、それによってこの町が冒険者相手に商売する町へと変わった事を教える。
ザガートが最初に抱いた『荒くれの町』という印象はあながち間違っていなかった事になる。
(フム……これだけ屈強な猛者どもが集まっていれば、魔王軍も迂闊に手が出せないという訳か)
王女の言葉を聞いて、魔王が腑に落ちた表情をする。辺境の田舎ではないにも関わらず魔族の脅威に晒されていない理由を、強い冒険者が集まっているからだろうと推測して独り納得する。
この町なら、去り際に配下の魔物を置いていく必要は無いだろう……そう心の中で考えた。
「情報収集を行いたい……この町にあるという冒険者ギルドへ案内してくれ」
ザガートは町人の一人を呼び止めて、ギルドまでの道案内を頼む。
町人は魔王の頼みを快く引き受けて、表通りを奥の方へと進んでいく。一行は彼の後に続いて歩き出す。
◇ ◇ ◇
町人に案内されるまま歩き続けると、表通りに面した巨大な建物に着く。
ギルドと思しき三階建ての木造家屋は酒場と宿屋の看板をぶら下げていたが、一つの階層がレストラン並みに広く、かなり大きい印象を受ける。
ザガートが元いた世界の市役所か、もしくは観光地にあるホテルのようだ。
扉を開けて中に入ると一階は食堂兼酒場らしく、無数の椅子とテーブルが置かれている。昼食時ではないため満席では無かったが、いくつかのテーブルの椅子に冒険者の一団が座っており、今後について話したり、食事を採ったりしている。
部屋の壁には魔物の討伐依頼の紙が貼り出されており、何人かがそれを立ったまま見ている。
「……ッ!!」
ザガート達が中へ入ると、魔王の姿を見て冒険者達が一瞬驚いた顔をする。上級悪魔らしき男が現れた事に敵の襲来を予感して、武器を手に取って身構える。酒場内に緊張が走り、数人の冒険者がゴクリと唾を飲む。
だが数秒が経つと噂の救世主だと理解し、矛を収めて席に着く。各々がそれまで行っていた作業を再開する。
プロの冒険者だけあり、彼らの判断は冷静だった。その事も魔王に「並みの連中ではない」と思わせるのに一役買った。
一行が店のカウンターへと進むと、一人の男がカウンター越しに座っている。店主であろうと思われる人物は五十代半ばに見える中年男性だが、体はムキムキして鍛えられており、老化による衰えを感じさせない。頭はツルツルに禿げており、虎のような黒い髭を生やす。東洋人のような肌色に赤のタンクトップを着て、両手首にリストバンドを巻く。
見る者に豪快な印象を与える男の姿は、熟練の武闘家か、はたまた盗賊の親分のようだ。
(この男、なかなかの強さだ……ミノタウロスと戦っても、負けはしないかもしれない)
ザガートは店主の姿を見て、かなりの手練だと見抜く。彼もまた冒険者の一人であり、時々魔物の討伐に出かけるのだろう……そう思いを抱く。
「オゥ、アンタが異世界から来た魔王サマかい? ウワサに聞いてるぜ! とっても強えんだってな! 俺の名はドーバン、ここのギルド長をやってるモンだ! よろしくなっ!!」
ハゲの店主が真っ先に挨拶する。腰に手を当てて胸を前面に突き出したポーズのまま「ガハハ」と大きな声で笑う。見た目通り豪快な人物のようだ。
「アンタほどの大物が、こんな所に何の用だい? まさか依頼を受けに来た訳じゃないだろうね」
首を傾げながら、ギルドを訪れた用件を問う。魔王がクエストを受注しに来たなどとは考えにくく、それ故に理由を聞かずにはいられない。
「直接依頼を受けたい訳じゃないが……情報が欲しくてやって来た」
店主の疑問にザガートが答える。椅子に座ってカウンターに両肘をついて手を組むと、神妙な面持ちになる。
「俺達は世界各地にいる魔王軍幹部を倒す旅をしている……ヤツらの持っている宝玉を集める事が、大魔王の城に行く手がかりだと考えているからだ」
旅の目的を明かし、宝玉集めをしている事を包み隠さず教える。
「そこで聞きたい……今までどの冒険者もこなせなかったほど危険度の高い依頼は無いか? それほど恐ろしい魔物なら、まず間違いなく魔王軍の幹部だろうからな」
冒険者が倒せないほど強い魔物こそ目的の相手だろうと考え、その所在を問う。
「……あるぜ。アンタにおあつらえ向きの依頼がな」
ドーバンがそう口にしてニヤリと笑う。魔王の実力ならどんな依頼もこなせるだろうという確信に満ちた笑みが浮かぶ。
「ここから数キロ南に行ったとこに山があるんだが、その麓に小さな村がある。村の住人は山から来る魔物に何度も襲われてる。山にはとんでもなく強えデーモンが棲んでるって話だ。これまで何人もの冒険者が討伐に向かったが、半数が逃げ帰り、残りの半分は殺されちまった」
魔物に襲われた村の存在を教える。村を襲う魔物こそ、ザガートが探し求める『冒険者が絶対勝てない相手』だと考える。
「しかもそいつはバケモンの癖に流暢な人間の言葉を話すらしい。こいつぁ魔王軍の幹部に違えねぇぜ」
最後に魔物が高度な知性の持ち主だと伝えて、魔王軍の幹部たる根拠とした。
「フム……では早速村に向かうとしよう。有益な情報、感謝する。いつかこの礼は必ず……」
ザガートが店主の言葉に感謝しながら椅子から立ち上がった時……。
「アンタがザガートさんかい? 左目が眼帯の強そうな男から、アンタにこれを渡してくれって頼まれたよ」
一人の町人がそう言いながら中へと入ってくる。手に持っていた四つ折りの紙切れを魔王に手渡す。
魔王が受け取った紙を広げると、中に文字が書かれている。それを声に出して読み上げる。
「魔王ザガート……アンタに一対一の決闘を申し込む。本日午後三時、ゼタニア北にある神殿跡地の廃墟にて待つ。必ず来られたし。どちらが最強に相応しいか、白黒ハッキリさせよう……隻眼の傭兵ギース」
……それは暗殺者からの果たし状に他ならない。




