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第83話 暗殺のための下準備

 ――――そして現在。



 人の住む町から北に二キロほど離れた場所に、神殿跡地の廃墟があった。

 長い間風雨にさらされてち果てたのか、壁と天井は完全に無くなっており、折れた柱と床のタイル、段差を移動する階段があるだけだ。所々に壁が崩落したらしき瓦礫がれきが転がっている。入口らしき場所に建てられた槍を持った女神の像は、信仰が途絶えた事を象徴するように頭が吹き飛んでいる。


 哀愁すら漂わせるさびしげな廃墟に、一人の男が姿を現す。


「ここだな……町の連中が決闘に使うという、いわく付きの場所は」


 そう口にしながら、興味深そうに神殿をまじまじと眺める。

 男は魔王抹殺の使命を帯びてやってきたギースに他ならない。あごに手を当てて眉間みけんしわを寄せたまま、注意深く周囲を観察する。

 神殿の間取り、柱や瓦礫の配置、遮蔽しゃへい物や段差により生じる死角……それらを頭の中に叩き込む。


(連中はゼタニアの町に向かっている……そこから二キロ離れたこの地を決闘場所に指定する。ヤツの性格がウワサ通りなら、必ず誘いに乗る……そこを迎え撃つ!)


 今後について戦術をめぐらす。ギースは魔王一行の足取りを調べて先回りしていた。決闘に指定する予定の場所を下調べして、用意周到に罠を張り巡らせて、待ち伏せする気でいた。この地が段差や障害物が多く、罠を設置する死角に恵まれた事は彼にとって好都合だ。


 荷物がぎっしり詰まった袋を背負いながら廃墟の中を散策する。村を出た時よりも袋の中身が大きくなっている。一度町に立ち寄って追加の物資を得たようだ。

 階段を上がった場所に建てられた、首が無い女神像の後ろをそっとのぞき込む。


(ここならアレを隠すのにちょうど良さげだな……)


 心の中でそうつぶやいてニヤリと笑う。妙案を思い付いたのか、袋の中に手を突っ込んでゴソゴソ探した後、二つのものを取り出す。一つはボウガンを床に固定する台座のような器具、もう一つは『妖精の針』をしたレプリカらしき数十本の金属針をひもで束ねたものだ。


 ギースは女神像の後ろの日陰に台座を設置すると、紐をほどいて一本の金属針を取り出す。それを矢の先端に取り付けてボウガンにつがえると、台座に固定する。最後にボウガン本体の側面にあるダイヤルのようなものを手で回す。


 男が手を離すと、ダイヤルがカチカチと音を立てて回りだす。それにともない、ボウガンがひとりでにギギィーーーッと弓を引く。ダイヤルのもりが赤い線に到達すると、ビュンッと矢を発射する。矢は射線の先にある柱に激突してキィンッと弾かれて地面に転がる。


「よし……注文通りだな」


 射撃の精度を確かめて、ギースが満足そうにうなずく。

 ボウガンは男が武器屋に頼んで作らせた特注品だ。直接手で引かずとも、ダイヤルで設定した時間後に自動で発射する仕組みになっている。

 人が発射すれば避けられる攻撃も、誰もいない方角から放たれれば避けられないだろう……男はそのように考えた。


(魔王はしょぱなから本気は出さねえから、いきなり殺される心配はぇ……その間、ヤツの注意を全力で引き付けるッ! 時間が迫ったら、『ティタンのメイス』で目的の場所に飛ばす! ヤツが来たと同時に矢が発射され、心臓を貫く! はがねより硬いドラゴンの皮膚を豆腐のように貫く『妖精の針』が、確実にヤツを仕留める!!)


 敵を抹殺する計画を頭の中でる。貴重な品を使い捨ててまで行われる一大作戦だ。失敗は許されない。

 男は発射した矢の回収に向かうついでに、射線上にある床のタイルをじーっと眺める。その中の一つにナイフで小さな×(バツ)印を付ける。ここに魔王を誘い込むのだと決める。


 矢を回収すると、袋から雑誌くらいのサイズの薄い銅板を取り出す。黒一色に塗られたそれを指で触ると、鮮明な映像が映し出された。魔王のこれまでの戦いを記録したもので、魔族が幹部会議で見ていたのと同じ内容だ。


(あの後カフカに頼んで送ってもらった戦いの記録……これをしっかり目に焼き付ける!!)


 銅板の出所について思い起こしながら、動画に食い入るように見る。一時停止したり、スロー再生や巻き戻しして、同じ場面を何度も見直す。少しでも気になる箇所があればじっくり研究する。一瞬のすきも見逃さない。

 魔王の動き、くせ、速さ……それらを完全に頭の中に叩き込む。


 地面にドガッと胡座あぐらをかいて座ると、保存食として持ってきたビーフジャーキーとビスケットを袋から取り出す。それらをバリバリむさぼり食らい、ガラスびんに入った水をゴクゴク飲みながら動画を見る。

 はたから見ると廃墟で動画を見ているただのオッサンだが、本人はいたって真剣だ。


 ふと気が付くと、だいぶ日が落ちて辺りが暗くなりだす。空を飛ぶカラスの群れがカーカー鳴きながら何処かへと飛んでいく。動画に没頭しすぎて時間がつのを忘れたらしい。


(まぁ、こんなモンで良いだろう)


 心の中でそうつぶやきながら、銅板を袋の中にしまう。

 今度は目を閉じたまま地べたに横たわる。魔王との戦いを脳内でシミュレートする。頭に叩き込んだ相手の動きを忠実に再現し、イメージ内で戦闘を行う。

 これまで得た記憶から相手が取り得る全ての行動を予測し、何十パターン、何百パターンもの展開を思い描く。自分が敗れたパターンを見つけては反省の材料とし、同じ失敗を繰り返さないようにする。


 自分が納得行く形に行き着くまで何度もイメージトレーニングする。それを二時間ほど行った後……。


「よし、完璧だッ! 俺の計画に狂いはぇ!!」


 目をグワッと見開いて立ち上がると、開口一番に叫ぶ。


「待ってろよザガート……テメェの首、必ずこのギース様が頂いてやる!!」


 日が落ちた空に向かって、大きな声で宣言するのだった。

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