第81話 暗殺に必要な道具
……カフカが立ち去った後、ギースは椅子に座ったままひとり物思いに耽る。酒を飲む手を止めて、テーブルに両肘をついて手を組んだまま気難しい表情になる。眉間に皺を寄せて「フーム」と声に出して唸る。
魔王の攻略法についてあれこれ考える。これまで得た情報を頭の中で整理する。
(聞いた噂じゃ、ヤツは最初のうちは本気を出さねえ。相手の実力を確かめるためにワザと攻撃を出させて、敵の強さの限界を知って、それから殺しに掛かる。特にタイマンだとそれが顕著だと聞く……ま、小説のラスボス様によくある舐めプってヤツだ。付け入る隙があるとすりゃあ、そこしか無ぇ)
人伝てに聞いたザガートの性格に思いを馳せた。少しでも戦いを楽しもうとする魔王の悪い癖、強者ゆえの余裕から生まれる驕りと甘さ、それだけが唯一勝機を掴むチャンスだと結論付ける。
いくら最強の傭兵と言えど、初手でいきなり最強魔法をぶつけられれば即死は免れない。バハムートを一撃死する技に生身の人間如きが耐えられる訳が無い。
魔王が戦いを引き伸ばそうとする人物である事は、男にとって幸運だった。
ギースは考えがまとまると、部屋の隅にあるタンスを開けて小さな木箱を取り出す。木箱の蓋を開けると、布で包まれた一本の金属針が入っていた。
(『妖精の針』……魔法金属オリハルコンを素材とし、鋼より硬いドラゴンの皮膚を豆腐のように貫くという幻の宝具。かつてアザトホースが勇者を暗殺する目的でダークエルフに依頼して作らせ、七百年かけてこれ一本だけが完成したという、正真正銘の一品物。オークションで高値で買い付けたまま使わずにいたが、遂にこれを使う日が来たか)
金属の針の由来と性能を思い起こす。一見何の変哲も無い、ただの金属針にしか見えないこの道具こそ、魔王を殺す切り札なのだという。
ギースは木箱の蓋を閉じると、紐の付いた大きな袋に入れる。次にタンスの横にある巨大な鉄の箱の錠前を外して、ギギギッと音を立てて蓋を開く。
中に入っていたのは様々な武器や防具、魔法の品らしき宝石……それらが整頓される事なくゴチャ混ぜになっていた。仕事に使う道具だと思われたが、パッと見ガラクタ置き場に見えなくもない。
男は道具の山に手を突っ込んで適当に掻き回した後、四つの品を取り出す。
トゲの付いた金属製の棍棒、一見何の変哲も無いオシャレな手鏡、オレンジ色の液体が入った透明なガラス瓶、市販のボウガンを改造した特注品……それらをテーブルの上に並べて、まじまじと眺める。
(どんな相手だろうと、念じた場所に吹っ飛ばす『ティタンのメイス』……どんな強力な魔法も一発だけ跳ね返す『ファクトの鏡』……魔法の全能強化と同じ効果を発揮する『ハイパードリンク』……最後に、妖精の針を矢じりにして発射する為のボウガン。こんだけありゃ、十分だろう)
一つ一つの道具について思いを巡らす。
四つの道具はボウガン以外、どれも貴重な品だ。男にとって決して安易に使える消耗品ではない。妖精の針も合わせれば、金貨三百枚を払っても元が取れるかどうか分からない。
報酬を提示された時喜ぶ顔を見せたが、大きな儲けのある仕事とは呼べない。負ければ当然死ぬし、勝っても勝者としての名誉と評判が得られるだけだ。
断っても後ろ指を指されるような依頼ではない。それでも男が受けたのは……。
(確かめたかったのかもしれねえな……『最強の男』相手に、自分が何処までやれるかをよ)
心の中でそう呟いて、フッと口元を緩ませた。
ギースは四つの道具を乱暴に袋の中に放り込むと、次に数日分の水と食料、路銀の入った財布を入れる。最後に紐をキュッと締めて、袋の口を固く閉じる。紐に片腕を通してリュックサックのように背負う。
鉄の箱に入っていた、鞘に収まった一振りの剣を取り出して、左腰に挿す。箱の蓋を閉じて鍵を掛ける。
旅の準備を終えたギースがふと顔を上げると、窓の外はすっかり暗くなっていた。日は完全に落ちている。子供達の遊ぶ声は聞こえなくなり、秋の虫がジリリリと鳴き始める。時計の針は七時を指している。
(もう夜になるが……明るくなってから外に出て、ガキ共にまた『変なおじさん』と声を掛けられるのも面倒だ。外が暗いうちにさっさと出ちまうか)
村の子供に見つからないようにする為、夜中の出発を決断する。
夜の闇に包まれた農道を男が一人歩いていると、視界の彼方から人影が歩いてくる。
齢八十代に見える体の小さい老婆は麦わら帽子を被り、両手に白い軍手を嵌めて、両足にゴム長靴を履く。右手には草を切るための鎌を持っている。首にタオルを巻いて、背中に大きな籠を背負う。籠には収穫したジャガイモが山のように積まれている。
見た目から察するにジャガイモ農家と思われた。顔は皺だらけだが背は曲がっておらず、歩く速度は速い。農作業で鍛えたのか、体が不自由という印象を与えない。
男と老婆は互いの顔が見える距離まで近付くと、共に足を止める。
「よお、トミ婆じゃねえか。元気そうで何よりだ……今収穫が終わったとこかい?」
先にギースが口を開く。旧知の仲であったらしく、親しげに言葉を掛ける。
「ああ、これから家に帰るとこさ。アンタこそそんな格好で、何処さ行くね? またアンサツの仕事に出かけるのかい」
老婆が明るい笑みを浮かべながら言葉を返す。旅に出る準備を終えた男の姿を見て、今から仕事するのかと問う。
老婆は男の暗殺稼業を知っている風であり、その事を恐れてもいない。相手が物騒な人殺しだったとしても、分け隔てなく接する。彼女の態度は、男が他の村人から避けられていない事実を悟らせるに十分だった。
「ああ……今度ばかりは冗談抜きで、生きて帰れねえかもしれねえ。それくらいヤバい仕事だ。ここで会ったのも何かの縁だ……トミ婆に頼みがある」
ギースが神妙な面持ちになりながら答える。次の仕事が真剣に命を落とす危険があり、そのため否が応でも表情が暗くなる。
「もし俺が死んだ報せが届いたら、家の中のモノは勝手に処分してくれて構わねえ。金目のモンは村のみんなで分けてくんな。鉄の金庫の鍵はタンスの裏に隠してある。死人には用の無ぇものだからな」
自分が戦死した後の家財道具一式の処分を依頼する。鍵の隠し場所を教えて、これまで溜め込んだ財産を村の住人で山分けして良い旨を遺言として伝える。
「ハハハッ! アンタが仕事を失敗するだなんて、面白い冗談言うようになったねぇ。ま、今のは話半分に聞いておくよ。それより今度の仕事が終わったら、ウチに食べにおいで。飛びっきりの料理をご馳走するよ。ウチのひ孫がアンタの事気に入っててね……仕事の話が聞きたいってせがむんだよ」
老婆が大きく口を開けて笑う。傭兵の実力の高さを知っているが故に彼が失敗するなどとは思っておらず、男の遺言を本気の言葉として受け取らない。適当に聞き流すと、自分の家に来るよう誘いを掛けた。
「冗談じゃねえんだがな……まぁ良いや。分かったぜ、トミ婆。無事に生きて帰れたらアンタのとこに行く」
ギースが困ったように苦笑いしながら、頭を手でボリボリ掻く。たとえ冗談だと見做されても遺言を伝えられたからヨシと自分に言い聞かせて納得する。最後は半ば諦め気味になりながら家に行く約束を交わす。
「約束だよ……絶対に来ておくれ。いつでも待ってるからね。それじゃ、お仕事頑張ってきな」
老婆は念を押すように言葉を掛けると、別れの挨拶を口にして、背を向けてトボトボ歩き出す。そのまま家のある方角へと去っていき、夜の闇に消えた。
老婆が立ち去ると、辺り一帯がシーーンと静まり返る。木に停まっていたフクロウがホゥーホゥーと鳴き、秋の虫がジリリリと鳴き始めて、夜の景色を演出する。時折風がビュウッと吹き抜けて、木の葉をカサカサ揺らす。
夜の農道に男は一人いつまでも立ち尽くす。老婆が歩いていった方角を名残惜しそうにじっと眺める。その表情は何処か寂しげだ。
「元気でな……長生きしろよ、婆ちゃん」
今生の別れを口にすると、村の出口に向かって歩き出す。
もうここには戻らないだろう……そう心の中で覚悟を決めながら。




