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第80話 金で雇われた男

 城塞都市グラナダから遠く離れた山奥、そのさらに深き森の果てに、名も無き村があった。ザガートが旅していた場所から随分ずいぶんと離れており、宝玉がある事を示す×(バツ)印も無かったため、一行が立ち寄らなかった場所だ。


 無論この地にも魔王のウワサだけは届いていたが、魔族の脅威にもさらされていないため、英雄の活躍を目にする機会も無い。この先用が無ければ、永久に彼らが立ち寄らないかもしれない、そんな地だ。


 村は閑散かんさんとしており、人の通りは少ない。時折ときおり子供達が追いかけっこして遊んだり、男性の百姓がひもに繋がれた牛を引いて歩く姿を見かけるだけだ。畑仕事を終えた老婆達が草むらにシートをいて座り、雑談しながら弁当を食べている。

 ポカポカ陽気に当てられた牛が呑気のんきにアクビをする姿が、村が平和である事を印象付ける。牛の尻にトンボがまると、尻尾を動かして払う。


 家屋の少なさは限界集落を思わせるものだったが、村人がその事に悲嘆する様子は無い。みながこののどかな風景を享受きょうじゅし、楽しんでいた。


 農村の一角にある二階建ての木造小屋……その一室にて、二人の男がテーブルを挟んで向かい合ったまま椅子いすに座る。テーブルにはガラスのコップとびんに入った極上のブランデー、それから一丁のナイフが置かれている。

 男の一人はある目的のために村へとやってきた魔王軍の幹部カフカだ。


 もう一人は四十代半ばに見える中年の男性だ。体は筋骨隆々としており、加齢によるおとろえを全く感じさせない。日焼けか地色かは分からないが、ワイルドな褐色肌をしており、男性的なたくましさを感じさせる。服装は黒のタンクトップにこんのジーンズ、ひざ下に金属製のブーツを履く。両腕には同じく金属製のガントレットをめている。

 黒い髪はボサボサしていて、ひたいには濃い緑色のバンダナを巻く。視力を失ったのか、左目には黒い眼帯を付けている。体のあちこちに古傷があり、歴戦の傭兵を思わせる風貌だ。


「……アンタかい? 俺に仕事を頼みたいってのは」


 男は用件を切り出すと、コップにいだブランデーをゴクゴクと飲みす。来客を前にしているというのにお構いなしだ。ただ酒に強かったのか、いくら飲んでもつぶれる気配は無い。その事が男の豪快な荒くれぶりを印象付ける。


「ええ……この村に住む『隻眼せきがんの傭兵ギース』と呼ばれる男なら、金を積まれれば魔族の依頼でも受けると聞いてやって来ましたよ」


 カフカは男の態度を気にかける様子も無く、質問に答える。自分が魔族であった事、そんな魔族の依頼を受ける男を探してやってきた事を明かす。


如何いかにも俺がそのギースだ……で、頼みたい仕事ってのは何だ?」


 男は自分が目的の傭兵である事を伝えると、早速さっそく仕事の話へと持っていく。


「……前金で金貨百枚、成功報酬でさらに二百枚上乗せします。これでウワサの異世界から来た魔王を始末して頂きたい」


 カフカはそう言うやいなや、金貨がギッシリ詰まった袋をテーブルの上にドサッと置く。袋のひもを緩めると、中に入った金貨が数枚テーブルにこぼれ落ちて、ガラガラッと金属音が鳴る。


「ははっ、こいつはすげえや……こんだけありゃ、十年は遊んで暮らせらぁ」


 大量の金貨を前にして、ギースが目を輝かせた。法外ながくの報酬を提示されてテンションが上がりだす。上機嫌になったあまり金貨の一枚を手に取ってガブリと噛み付いたが、もちろん本物の金なのでメッキががれたりしない。


「良いぜ……その依頼、受けてやるよ。俺が魔王を仕留めてやる。どんな手を使ってでもな……ってえ事で、せっかくだからオメエも一杯どうよ」


 道化師の依頼を二つ返事で承諾する。顔をうつむかせたまま目だけ正面を向いて、ギロリと悪魔のような笑みを浮かべた。

 標的が最強の魔王である事を恐れる様子は無い。それどころか成功を確信したような自信に満ちあふれる。最後はコップに注いだ酒を相手に突き出して飲むように勧める。


 カフカは手を左右に振って男の一杯を断る。


「私は下戸げこですので結構……それよりも貴方が受けた依頼を絶対にしくじらない、地上最強の傭兵だというウワサは本当なのでしょうね?」


 相手をいぶかるような目で見ながら、念を押すように問いかけた。

 彼は魔王を殺せる可能性のある人物を探して、あちこち駆け回った。苦労のすえに男の噂を聞き付けて、ここへやって来たのだ。その噂が間違いだったとすれば大問題だ。


「左目を失ってから十年……一度も仕事を失敗した事はぇ。勇者候補ともくされる人間だって、これまで二十人殺した。もし俺に殺せない標的がいるとしたら、他の誰を雇ったってそいつを殺す事なんか出来やしねえよ……ハハハッ」


 ギースが道化師の懸念を笑い飛ばす。何を馬鹿な事をと言いたげに「ガハハッ」と大きな声で笑う。コップに注いだ酒を勢いに任せるようにグビグビ飲み干す。

 これまでの仕事ぶりを口にして、自分以上に依頼をこなせる適任者はいない事を饒舌じょうぜつな口調で伝える。


「そうですか……その言葉に嘘が無いと信じて、仕事を任せるとしましょう。期限は多めに見積もって二週間……その間に結果を出して下さい。朗報が届くのを期待していますよ」


 カフカがしぶしぶ納得しながら立ち上がり、ドアノブに手をかけて部屋から出ようとした瞬間……。




 ヒュンッと風を切る音が鳴り、飛んできたナイフが道化師のほほかすめた。

 ナイフはドスッと音を立てて、木製のドアに突き刺さる。


 カフカが恐る恐る目をやると、彼の真横に大きなスズメバチがいて、ドアごとナイフに貫かれていた。苦しげに手足をバタつかせていたが、やがて糸が切れた人形のように動かなくなる。

 もし男がナイフを投げなければ蜂に刺されたであろう状況に、カフカが内心きもを冷やす。それと同時に、何杯も酒を飲んだのに手先が狂わない男の実力にも驚嘆した。


わりぃな、驚かせちまって……この辺りは蜂が多いんでな」


 ギースが皮肉めいた謝罪をしながらニヤリと笑う。


  ◇    ◇    ◇


 用事を済ませたカフカが男の家を後にする。急いで帰る事も無いと思い、ワープせずに村の中をトボトボ歩く。

 空を見上げると日が沈みかけており、周囲が暗くなり始める。家に帰ろうとする子供達と、空を飛ぶカラスの群れが、夕暮れの景色を演出する。時計の針は四時を回っていた。


 カフカはしばらく歩き続けた後、後ろを振り返り、男の家をじっと眺める。傭兵の強さに思いをせた後、ふところから黒いガラス玉のようなものを取り出して、数分ほど見つめる。


「彼の強さを信用しない訳ではありませんが……万が一失敗した時の保険ぐらいは用意しておいてもバチは当たらないでしょう」


 そう口にすると、黒い玉を懐にしまい村の出口に向かって歩き出す。

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