第76話 ケルベロスとの戦い
「グルルルルゥ……」
ヘルハウンド達が憎々しげに唸り声を発する。よほど腹に据えかねたのか、憎悪に満ちた瞳で相手を睨む。今すぐにも少女の肉を喰らわんと歯を剥き出しにする。
自ら言葉を発しはしないが、魔王の言動に腹を立てたようだ。能力が十倍に底上げされた少女達なら自分を倒せると言われて、イラッとしたのだろう。
十倍強くなろうが、そんな小娘共に我々が倒せるものかっ! ……そんな心情が読み取れた。
「ウオオオオオオオオーーーーーッッ!!」
三頭が山中に響き渡るほどの咆哮を発しながら、一斉に駆け出す。魔王に狙い撃ちされるのを避けるためバラバラに行動し、それぞれ異なる少女めがけて突き進んでいく。
まず最初の一体がルシルに狙いを付けて走り出す。相手の攻撃を攪乱するためか、反復横跳びするようにジャンプしながら前進する。
「業火よ放て……火炎光矢ッ!!」
ルシルが両手のひらを相手に向けて火球を放つ。
魔獣はサッと横に動いて火球をかわし、尚も少女へと向かっていく。距離を詰めると、今度は一直線に走り出す。
攻撃魔法を外した事により少女に隙が生まれたとみなし、この機を逃すまいとする。
「ウオオオオーーーーッ!」
相手の喉笛を噛み千切らんと、大きく口を開けて飛びかかった瞬間……。
「……火炎光矢」
ルシルがニヤリと笑いながら攻撃魔法を唱える。
放たれた火球は少女に襲いかかろうとした魔獣の顔面を直撃し、首から上が炎に包まれた。
「ギャワワワンッ!」
顔が焼ける痛みに魔獣が悲鳴を上げて悶える。魔法を喰らった衝撃で後ろに吹っ飛んで地面に倒れると、全身をジタバタ動かしてのたうち回る。大地に擦り付けた事により火は消えたものの、それでも顔面の皮膚は焼け焦げており、かなりの苦痛を受けたようだ。
ルシルにとって最初の一発を外す事は想定内だった。俊敏に動き回る敵は自分に襲いかかろうとした瞬間こそ攻撃を当てるチャンスだとみなし、誘いを掛けたのだ。敵はまんまとそれに乗せられた形となる。
ルシルに一体目が襲いかかった直後、少し遅れて二体目がレジーナへと突進する。左右に動いて相手の攻撃をかわそうとした一体目と異なり、体当たりしようとするように凄まじい勢いでダッシュする。肉弾戦特化の戦士相手に奇策を弄する必要は無いと判断したらしく、野生のイノシシのように猪突猛進する。
「グルルァァァァアアアアアアーーーーーーッ!」
けたたましい雄叫びを発しながら大きく口を開けてジャンプする。相手の頭上から落下して、首か肩に噛み付こうともくろむ。
だがレジーナは素早く飛び退いて、魔獣の一撃を難なくかわす。常人では追い付けないヘルハウンドの動きも、十倍速くなった王女なら十分目で追える速さだ。
渾身の一撃を外した魔獣は着地の衝撃で一瞬動けなくなる。
王女はその一瞬の隙を見逃さない。
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
勇ましく吠えると、両手で握った一振りの剣を横薙ぎに振って敵に斬りかかる。王女の全力が込められた刃が魔獣の右前足に食い込み、肉が切り裂かれる鈍い音が鳴る。
「グギャアアアアアアアアッ!!」
前足を斬られた痛みに魔獣が悲鳴を上げる。咄嗟に数メートル後ろに下がると、王女を恨めしそうな目で見る。
王女の剣による一撃は凄まじく、魔獣の右前足は一刀両断されていた。傷口からは真っ赤な血が溢れ出し、切り落とされた前足は地面に転がったまま沈黙する。毒素が含まれていたのか、血が垂れた大地の草がシュウシュウと白煙を立ち上らせて急激に枯れる。
他の二体が戦っていた頃、残る一体はなずみと激しく睨み合っていた。先の連中のように積極的に襲いかかろうとせず、一定の間合いを保ったまま相手の出方を窺う。少女が前に進めばジリジリと後退し、歩くのをやめればピタッと止まる。鋭い眼光で少女を見つめたまま、「ウゥーーッ」と低い声で唸る。
いきなり襲いかかったりしないのは、魔獣がなずみを他の少女と比べて『油断のならない相手』とみなしたからだ。それは野生の勘によるものか、はたまた長年の経験に裏打ちされたものか。明らかに非力に見える幼い少女が戦場にいる事に、何か隠し玉を持っているのではないかと警戒したとしても無理はない。
このまま睨み合っていても埒が明かないと感じて、なずみが先に行動を起こす。
「これでも喰らうッスよ!」
そう叫ぶや否や、懐から黒い玉のようなものを取り出して、魔獣が立っている地面に向かって投げ付けた。黒い玉は地面に激突するとボンッと音を立てて爆発し、大量の粉を撒き散らす。空気で拡散された粉は霧のようになって、魔獣の周囲を覆い隠す。
「ウウッ!?」
視界を塞がれたヘルハウンドが俄かに慌てふためく。右を見ても左を見ても霧しか見えず、数メートル先すらも見渡せない。完全に少女の術中に嵌った形となる。
魔獣がキョロキョロ周囲を見回すと、黒い影のようなものが視界に立つ。他に人の気配は無い。
「ウオオオオオオオオーーーーーーッッ!!」
ヘルハウンドが大声で叫びながら黒い影めがけて飛びかかる。右前足を高々と振り上げて、鋭い爪で引き裂こうとした。
だが爪が触れた途端、黒い影のようなものがフッと消える。肉を切り裂いた感触が全く無い。魔獣がなずみだと思い込んで攻撃した『それ』は、彼女が術で生み出したまやかしだった。
攻撃をスカらせた瞬間、魔獣の左側面から本物のなずみが姿を表す。それと同時に周囲を覆っていた霧が晴れる。
少女は自身の想定通りに事が運んだ喜びに口元を歪ませた。
「てやぁぁぁぁああああああーーーーーーっ!」
気迫の篭った雄叫びを発すると、敵に向かって一気に駆け出す。背中の帯に挿してあった鞘から短刀を引き抜いて逆手に持ち替えると、魔獣の顔面に斬りかかろうとした。
魔獣は慌てて少女が向かってきた方角に振り返り、右手を振り上げて反撃しようとしたが、魔獣の手が上がるよりも少女の攻撃が届くタイミングの方が速かった。
少女が横薙ぎに振った刀が魔獣の右瞼に命中し、ズバァッと音を立てて肉が切り裂かれる。少女はそのまま一気に駆け抜けて、敵の背後に回り込む。
「グアアアアアアッ!!」
右目を斬られた痛みにヘルハウンドが悲痛な声で叫ぶ。傷口から大量の血を噴き上げながらドォッと地面に倒れ込んで、激痛から逃れようとするように全身を何度も激しく擦らせた。すぐに正気を取り戻して立ち上がると、誰もいない平地へと逃げるように移動する。
「ウォォォオオオオオーーーーーーーーンッ」
目を負傷したヘルハウンドが遠吠えを発すると、他の二体が彼の方へと走っていく。三体の魔獣は一箇所に集まると互いに体をくっつけ合い、合体して元のケルベロスへと戻る。遠吠えは合体を促す合図だったようだ。
だがこの瞬間を待っていたとばかりにザガートがニヤリと笑う。
「爆ぜよッ! 汝の身に宿りし力、外へ向かう風とならん!」
両手のひらを敵に向けて呪文の詠唱を行う。直後彼の手のひらに光が集まっていき、魔力を圧縮した光弾になる。それは次第に膨れ上がっていき、やがてダチョウの卵くらいの大きさになる。
「……絶対圧縮爆裂ッ!!」
魔法名を叫ぶや否や、手のひらにあった光弾が敵めがけて放たれた。
音速を超える速さで飛んでいった光弾を、魔獣は避ける暇もなく喰らう。
光球が触れると、魔獣の体が内部からドクンドクンッと脈打って、皮膚が沸騰したようにボコボコと泡立つ。
「グッ……ガギャァァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!」
断末魔の悲鳴を発した瞬間、ケルベロスの体が針を刺した風船のように割れて、粉々に弾け飛ぶ。大地に散らばった肉片は粒子状に分解されて空へと散っていき、死体すら残らない。魔獣が死んだ事を悟らせるには十分すぎる光景だ。
「不利な状況に追い込まれれば、必ず合体すると踏んでいた。どんな生物であろうと、合体した直後は必ず隙が生まれる。そこを突けば、再分離される事なく倒せる……俺の目に狂いは無かった」
ザガートが敵を仕留めた作戦について語る。敢えて少女達に戦わせた事、バラバラの状態でピンチになれば敵が再合体を試みる事、そこを狙えば、まず攻撃を外さない事……全て計算通りだったと明かす。
「俺の作戦勝ちだったようだな……ケルベロス!!」




