第72話 死刑の執行猶予
「痛ぇ……痛ぇよ、お頭ぁ……」
「死にたくねえ……」
盗賊の子分達が口々に弱音を吐く。自身に迫り来る死という恐怖に呑まれて、心をへし折られた。これまでの威勢の良さは完全に吹き飛び、格上の相手にケンカを吹っかけた事を深く後悔する。
「や、やめろザガート……やめてくれッ! このままじゃ俺達、本当に死んじまう! お、俺達は魔族でも何でもない、ただの人間だぞッ! お前は救世主の癖に、俺達人間を殺そうというのか!?」
ガンビーノが重力に押し潰されたまま命乞いする。魔王が善良な人物と噂されたのを頼りに、人間である自分達を殺すつもりかと問う。何としてもこの場を切り抜けようと、舌先三寸で相手を丸め込もうとした。
「フンッ……人間である事を盾にすれば、俺を揺さぶれる気でいたとはな」
ザガートが腕組みしながら鼻で笑う。相手の思惑を見透かしており、動揺する素振りは全くない。それどころか都合の良い時だけ人間だと主張する彼らを、ゴミを見るような目で見下す。
「言っておくが、俺は人間だから無条件で助けようとか、そんな考えは微塵も持っちゃいない。罪なき者なら種族の区別なく助けるが、私利私欲によって他者を害する悪党は、たとえ人間だろうと容赦はしない。貴様らのような平和を乱す害虫に情けを掛ける道理は無い」
自らの考えを主張して、盗賊を許す意思が無い事を明確にした。
(なんてこった……こいつは巷で言われるような博愛主義者なんかじゃねえ! 確かに一般人には優しいかもしれねえが、俺達みてえな悪党は躊躇なく殺しやがる! 自らの価値観によって線引きを行い、無価値と判断した者を虫ケラのように殺す、生粋のエゴイストッ! 悪を殺す悪、正に最強の悪魔ッ!!)
魔王の情け容赦の無さにガンビーノが心から戦慄する。彼の本質を知らされて、『悪』と見抜いた者を冷徹に処刑する迷いの無さに、背筋が凍る思いがした。
男は人々の噂を聞いて、魔王をお人好しな人物だと考えていた。教会のシスターか、はたまたボランティアの医師のような、友愛を唱えて回る善人のイメージを持っていた。世界を救う勇者とは、そういうものだと考えた。
そのような人物なら、舌先三寸で丸め込むのは容易いという思惑があった。
……それが飛んだ思い違いに過ぎないのだと、深く思い知らされた。
「わ、わかった……俺が悪かった! もう二度と悪さはしねえから、どうか今回ばかりは見逃してくれっ! 頼むっ!!」
ガンビーノがこれまでの悪事を謝罪する。何としてもこの場を切り抜けたい一心で、心にもない反省の言葉が口を衝いて出た。
深い考えがあった訳ではない。苦し紛れで取った咄嗟の行動だ。
ザガートは男の言葉を聞いてしばし考え込む。目を閉じて腕組みしたまま、盗賊達をどう扱うべきか思案する。取った選択と、それによって訪れる結果を頭の中で何度もシミュレートする。
しばらく考え事に没頭したように黙り込んでいたが……。
「……良かろう」
そう口にしながら指をパチンッと鳴らすと、男達に掛かっていた重力魔法が解除された。
彼らが命拾いした事に喜んだのも束の間……。
「汝の魂に永遠の束縛を与えん……死刑の猶予ッ!!」
ザガートが間髪入れずに魔法の言葉を唱える。魔王の指先から黒い霧のような靄が放たれて、盗賊達の口や鼻、体中の穴という穴から入り込んでいく。
「おっ、お前……俺達に一体何しやがった!?」
ガンビーノが慌てて起き上がると、自分達の身に起こった出来事を問う。
黒い霧状の物体を吸い込まされた事に危険を感じたものの、今すぐに何かが起こる気配は無い。体中を手でまさぐったり、叩いてみたり、ゲホゲホッと咳き込んだりしたものの、黒い何かは体の外に出ない。
「お前達の体内に致死風の猛毒カビを寄生させた……もし俺と交わした約束を違えれば、その瞬間お前達の体は分解されて塵になる」
魔王が盗賊達に吸わせた黒い霧の正体を明かす。それは一定の条件を満たした時のみ発動する即死魔法というものだった。
「何も恐れる事は無い……お前達がちゃんと約束を守って、悪事を働かず真面目に生きてさえいれば、術の効果は永久に発動しないのだからな。ハハハハハッ……」
心を入れ替えて善人として働けば、天寿を全う出来るのだと教える。最後は男達を侮辱するように高笑いした。まるで彼らにそんな事出来る訳が無いと最初から分かった上で、わざとそうしたかのようだ。
「はははっ……はっ」
ガンビーノが釣られて乾いた笑いをする。声は笑っていたが、目は笑っておらず、顔面麻痺したように口元を引きつらせた。顔は血の気が引いて真っ青になる。
魔王に告げられた言葉が俄かに受け入れられず、現実逃避したように思考が真っ白になる。自分が死んだ姿を想像して、心臓がバクバクと鼓動する。
しばらく顔を引きつらせて不気味に笑っていたが……。
「ひっ……ひぃぃぃぃいいいいいいーーーーーーっっ!!」
やがて思い出したように恐怖が胸の内に湧き上がり、山中に響かんばかりの絶叫を発しながら、慌てて逃げ出す。魔王達がいたのとは逆方向に全力でダッシュし、途中で二つに分かれた山道を、麓に下りる方角に向かって走っていった。
「ま、待ってくれ! お頭ぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
ポカンと口を開けて突っ立っていた九人の部下が、急いでガンビーノの後を追う。自分達が置き去りにされた事に気付いて、何としても首領に追い付こうとした。
よほど焦っていたのか、手に持っていた武器と、それまで集めたと思しき金銀財宝を地面に放り出す。逃げるのに夢中で、荷物を持ち歩く余裕も無かったようだ。
「本当に良いのか? あんな連中、野放しにしておいて。いっそ見せしめに晒し首にでもしておくべきだったんじゃないか」
レジーナが盗賊への対応に不満を漏らす。彼らが再犯するのではないかと懸念を抱くあまり、王族らしからぬ物騒な台詞を吐く。
「まあ……大丈夫だろう」
ザガートはそう言って、意味ありげにククッと笑う。
まるでこの先何が起こるかを予見したかのように……。




