第71話 盗賊ガンビーノ一味
……それはアスタロトが倒された日の夜の出来事。
時計の針が十二時を指した真夜中、グラナダの町から遠く離れた山中にて、黒い大きな物体が不気味に蠢く。
その謎の物体は、ガツガツと音を立てて地面にある肉のようなものを鋭い牙で噛み千切り、最後にゴクンと飲み込む。どうやら『食事』をしているようだ。
地面には『かつて人であったもの』が散乱する。それも一人や二人ではなく、十人くらいになる。衣服はボロボロに破れ、鎧は砕けて、剣は折れている。身なりから察するに、謎の物体に敗れた冒険者パーティであろうと思われた。
雲で隠れていた月が顔を出して、月明かりが大地に差し込む。それまで暗闇に覆われていた物体の姿があらわになる。
それは大人のライオンより二回りほど大きな、ドーベルマンのような黒い犬の魔獣だった。体の大きさもさる事ながら、何より特徴的なのは、一つの胴体に首を三つ生やしていた事だ。それはケルベロスという名で知られた神話の怪物だった。
ケルベロスが食事を終えた時、空から一羽のカラスが飛んでくる。
彼の前にある冒険者の頭蓋骨を足場にして留まる。
「カーーカーー、カァーーッ」
犬の魔獣に向かってカラスが叫ぶ。人間には意味を理解できない言葉だが、何かを訴えかけているようだ。犬が魔王軍の手先であるならば、カラスもまた彼の仲間であり、上からの命令を伝えに来たのだろう。
しばらくカラスの言葉を黙って聞いていたケルベロスだが……。
「ウォォォオオオオオーーーーーーーーンッ」
空に向かって遠吠えすると、何処かに向かって一目散に駆け出す。まるで獲物のいる場所を目指して移動を始めたかのように……。
◇ ◇ ◇
グラナダの町を発ったザガート達は新たな目的地を目指して歩く。地図に記された四つめの宝玉がある場所へと向かう。
ガルアードの塔から西に十キロほど離れた山中に×印が付けてあり、そこに次なる魔王軍の幹部がいるのだろうと推測する。
山は傾斜こそ厳しくないものの、かなりの大きさがあり、徒歩で越えるには数日掛かりそうだ。馬車が通れる山道が中腹まで続いており、そこから道が二つに分かれている。一つは山の麓へと下る道で、もう一つは山頂へと続いている。×印は山頂に付けられていた。
ザガート達が山頂を目指して歩いていると……。
「た、助けてくれぇぇぇえええええーーーーーーっ!」
何処からか助けを呼ぶ声が聞こえた。それと同時に山道の彼方から、一人の男が全力で走ってくる。年齢は四十代くらいに見える、アラブの商人風の身なりをした小太りの男性だ。
「ああ、アンタひょっとして、異世界から来た魔王サマかい!?」
商人の男はザガートの前まで来て立ち止まると、開口一番に問う。ゼェハァと息を切らせて顔中汗まみれになりながら、頭に角が生えた相手の素性を確かめようとする。
「如何にも、俺が異世界から来た魔王ザガートだが……アンタは?」
ザガートは男の質問に答えながら、素性を問い返す。
「俺……いえ私は旅の商人をしております、ラシードと言います! 以前貴方様が取引なさったという運び屋のハッサンは、私の古い友人です! 彼から貴方様の噂は伺っておりました!」
商人の男が早口で自己紹介する。ハッサンと顔なじみの友人だった事、彼から魔王の話を聞いていた事などを伝える。
「そそそ、そんな事よりお助け下さいっ! 山を歩いていたら、いきなり盗賊の一団に襲われたのです! このままではヤツらに殺されてしまう! どうか、どうかお助けをっ!!」
話を途中で打ち切ると、魔王にすがり付いて助けを求める。盗賊の襲撃を受けた事、命からがら逃げてきた事を口にする。
「ヒャッホーーーーイ!!」
商人の話が終わった直後、彼が走ってきた方角から盗賊のものと思しき奇声が発せられた。直後ドドドッと足音を鳴らしながら十人の屈強な男がやってくる。馬に乗っておらず、徒歩で移動する。
男達はザガートから数メートル離れた場所まで来て一旦止まる。
彼らは砂埃にまみれたボロボロの布切れをマントのように羽織った荒くれの集団だ。体は筋骨隆々としており、顔には虎のような髭を生やして、見るからにむさ苦しい。頭には一味である事を示すらしき白いバンダナを巻く。
手に持つ武器はサーベルと呼ばれる西洋風の刀、金属製の棍棒、弓とバラバラで統一性が無い。
年齢はいずれも三十代から四十代に見える。
「やいテメエら、ここいらじゃ見ねえ面だな!? 俺たちゃガンビーノ一家ッ! この辺一帯を荒らし回る、泣く子も黙る大盗賊よッ!!」
先頭にいるリーダー格と思しき男が自己紹介する。自ら大盗賊であるとアピールして、誇らしげなドヤ顔になる。相手が魔王である事に全く気が付いていない。
「死にたくなかったら、金目のモン置いてきなッ! 大人しく言う事聞けば、命だけは助けてやる! もし俺たちに逆らえば男は皆殺し、女はレイプだッ!!」
リーダーの隣にいる男が金品を要求する。命令に従えば手出しはしないとの事だが、粗暴な彼らが約束を守るかどうかは甚だ怪しい所だ。
「ラシードと言ったな……俺の後ろに下がっていろ」
ザガートが商人に小声で囁く。商人は指示に従い、ササッと魔王の背後に隠れる。感謝するように何度も頭を下げる。
「ガンビーノだか何だか知らんが、貴様如きが大盗賊とは笑わせる……俺が誰かも知らんらしい。貴様らこそ死にたくなければとっとと失せろ。さもないと、痛い目を見る程度では済まされんぞ」
魔王が腕組みしながら小馬鹿にするように鼻で笑う。相手をわざと怒らせようとしているのか、挑発的な言葉を吐く。
「なんだと、この野郎ッ! ふざけやがって! このスカしたイケメン野郎ッ! 俺を怒らせたらどうなるか、思い知らせてやる! テメエら、こいつをやっちまえ!!」
「うおおおおおおおおっ!」
安い挑発に乗せられたガンビーノが顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。子供のケンカのような悪口を喚いた挙句、魔王を殺すよう命じる。
彼の命を受けた部下達が鬨の声を発しながら一斉に駆け出す。ガンビーノ自身も後に続く。十人の屈強な男が武器を手にしながら魔王へと向かっていく。
「……跪け」
ザガートがそう口にした途端、ドォォーーーンッ! と巨大な岩が落下したような音が鳴り、盗賊達が強い勢いで地べたに叩き付けられた。
少女達には一瞬何が起こったか分からない。屈強な男達が、まるで磁力に引き寄せられたようにうつ伏せに倒れたのだ。目に見えない巨人に押し潰されたように地面がミシミシと鳴る。凄まじい力が彼らにのしかかっているのが伝わる。
「ぐああああああああっ!」
「なっ、何だこりゃ……体が動かねえ!」
全身に湧き上がる痛みに盗賊達が悲鳴を上げる。謎の力に踏まれて身動きが取れない。手足を動かして暴れようとしたものの、指先の一本すら動かせない。
「暗黒重力……この星の百倍の重力をお前達に掛けた。もしこのまま何も出来なければ、五分と経たないうちに貴様らは潰れたトマトになる。格上の相手にケンカを売った愚かさをあの世で悔いるといい」
ザガートが盗賊達を地面に寝かせた技について口を開く。
彼らに凄まじい重力を掛けた事を教えて、何の手も打てなければすぐに死ぬ事を明かす。最後に相手を魔王だと見抜けなかった彼らの浅はかさを侮辱する。
(まっ、まさかこの男……異世界の魔王ッ!!)
ガンビーノはここに至ってようやく、相手が噂の魔王だと気付く。
それはあまりに遅すぎる判断だった。




