第68話 激闘! アスタロト vs ザガート!!
魔族の拠点であるガルアードの塔を火炎光弾の一撃で倒壊させたザガート……全ての魔物が死に絶えたと思ったのも束の間、瓦礫の中から三体の巨人が姿を現す。『猛毒巨人族三兄弟』と名乗る彼らこそアスタロトの忠実な部下にして、塔の魔物唯一の生き残りだという。
様々な技を駆使してザガートを追い詰めようとする彼らだったが、魔王には一切通用しない。逆に魔王に致死風を唱えられて、体をドロドロに溶かし尽くされてしまう。
(まさかこれで終わりという訳ではあるまいな……アスタロトよ)
巨人の白骨化した死体を眺めながら、魔王が物思いに耽た時……。
「……ムッ!?」
突如敵の気配を感じて、慌てて後ろを振り返る。誰もいない方角に向かって、左腕の甲をガードするように向けると、左腕にドガァッと強い衝撃が加えられて、ビリビリと振動する。
直後魔王に向かってハイキックを繰り出したポーズのアスタロトが、透明化を解除したようにスゥーーッと姿を表す。彼は姿を消したまま不意打ちを狙い、魔王が咄嗟にそれを防御したのだ。
「俺に気配を悟られずここまで近付くとは、大したヤツだ」
ザガートが相手の攻撃を受けたままニヤリと笑う。突然の奇襲に驚いたり、卑怯だと罵ったりせず、自分に勘付かれずに距離を詰められた敵の実力を称賛する。
並みの相手なら視線だけで魔王は気付く。彼に気付かれずに近付く事など到底不可能だ。それをガードされたとはいえ、攻撃が届く真後ろまで接近できただけでも、彼が相当の実力者である事が窺える。
アスタロトはジリジリと片足に力を入れて相手を押し切ろうとしたが、ザガートはビクともしない。男の蹴りを左腕で止めたまま平然としている。まだ余力を残しているのか、表情に笑みが浮かぶ。
「……フンッ!」
魔界大公爵は腹立たしげに鼻息を吹かすと、蹴りをやめて一旦後ろに大きく下がる。このままでは埒が明かないと感じたのか、仕切り直すように距離を開く。
そのまま両者は互いに相手を牽制するように、間合いを一定に保ったまま睨み合っていたが……。
少女達が瞬きした一瞬の間に、二人がほぼ同じタイミングで前方に飛び出していた。
「うおおおおおおっ!!」
「キェェェエエエエエーーーーーーッ!!」
ザガートとアスタロトが、全力を振り絞るように大きな声で叫ぶ。両者は近接戦の間合いに入ると、両拳を駆使したパンチのラッシュを繰り出す。渾身の力を込めた重い一撃ではなく、一撃の威力を軽くした代わりに数に任せたガトリングの弾のような連撃を放つ。
秒間数十発を超える速さで放たれた互いのパンチがドガガガガッと音を立てて衝突し、激しい砂埃が巻き上がる。空気がビリビリと振動して、離れた場所にいても衝撃波が伝わる。二人のスピードはほぼ互角であり、一撃の相殺漏らしも無い。
時間にしておよそ一分半ほど殴り合ったが……。
「なにッ!?」
ザガートの拳が触れかけた瞬間、アスタロトがワープしたようにフッと消える。
慌てて後ろを振り返ると、男から数メートル離れた背後に魔界大公爵が立つ。
「このまま殴り合っていても埒が明かん……勝負を決めさせてもらう!」
膠着状態に痺れを切らしたらしく、一方的に殴り合いの打ち切りを宣言する。何らかの手札を残してあったのか、戦いを終わらせようと思い立つ。
「暗黒幻影秘術ッ!!」
技名らしき言葉を叫びながら指をパチンッと鳴らすと、アスタロトの姿が一人、また一人と増えていく。最終的にその数は二十人となり、円を描くようにザガートをぐるりと囲む。
むろん魔界大公爵が二十人に増えた筈はなく、どれか一人だけが本物で、残りが残像である事は明らかだ。だが少女達にはどれが本物か見分けが付かない。
「フフフッ……貴様にこの技は見切れまい。これまで数多の冒険者を葬ってきた取っておきだ」
アスタロトが不敵な笑みを浮かべる。技の性能に絶対的な自信を抱き、自らの揺るがぬ勝利に胸を躍らせた。
「死ね、ザガート! 私に殺された数々の冒険者同様、無様に朽ち果てるがいい!!」
死を宣告する言葉を発すると、二十人の魔界大公爵が、包囲の中心にいるザガートめがけて一斉に走り出す。本体と連動しているのか、全員が同じ速度、同じタイミングで動いている。近接戦の間合いまで迫ると、右手による貫手を放って相手の心臓を貫こうとした。
剣のように研ぎ澄まされた指先が届きかけた刹那、魔王が全てを見透かしたようにニヤリと笑う。次の瞬間、背後から襲ってきた一体めがけて全力の裏拳を繰り出す。
それが本物だったらしく、アスタロトの頬に拳が命中して、ボグシャアッと鈍い音が鳴りながら顔面が大きく歪む。
「バッ……ドブルゥゥゥゥアアアアアアアアアアッ!!」
魔界大公爵が滑稽な奇声を発しながら豪快に吹き飛ぶ。強い衝撃で地面に叩き付けられて何度も派手にバウンドした挙句、大の字に寝転がったまま手足をピクピクさせた。目の覚めるような色男が台無しだ。
「こんな子供騙しが通用すると本気で思ったのか? だとしたら、随分と舐められたものだな」
ザガートが腕組みしながら相手を見下すような視線を向ける。表情に焦りの色は微塵もなく、想定通りに事が運んだ余裕が浮かぶ。
彼は本物がどれか、最初から見抜いていた。アスタロトは相手を攪乱したつもりでも、魔王にとっては一人の男が隙だらけのままドヤ顔で突っ込んできたも同然だった。
「大人しく殴り合った方が、まだマシだったな……アスタロト!!」




